患者本位の臨床試験とは

J. A. ジビン
200006

日経サイエンス 2000年6月号

8ページ
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1998年の春,米国の新聞やテレビは,“新しいガン治療薬”のアンジオスタジンとエンドスタチンを数週間にわたって大きく報道した。両物質が少数のマウスの腫瘍を著しく縮小したというニュースだった。これはいかにも早すぎた報道だった。数週間にわたってメディアをにぎわせたこの“ガン治療薬ニュース”は,いつのまにか目にすることはなくなった。
 しかし,時間のかかる系統的な試験は続けられていて, 1年半後の1999年9月にエンドスタチンは人で試験する段階,つまり臨床試験に到達した。ボストンやウィスコンシン州マディソン,テキサス州ヒューストンで,第1相の臨床試験が実施されている。予想外の合併症が生じない限り,今年後半まで試験は継続されるだろう。試験が滞りなく進んで,エンドスタチンが安全で有効な治療薬であると証明されたとしても,患者が利用できるようになるのは数年後である。
 医薬品候補の有効性や安全性を判断するのに必要とされる臨床試験は,大仕事だ。必要とされる3段階をすべて終了するには,10年間以上の歳月と莫大な費用がかかる。
 医薬品が実質的に有効だと証明できない臨床試験の件数の方が,証明できた件数より相当多いが,かかる費用は同じだ。製薬会社は失敗例を語りたがらないので,正確な数は把握できないが,この10年間だけで数千種類の医薬品や医療用具が評価を受けたはずだ。
 臨床試験がどう行われているか,あるいは試験の科学的根拠は何かを,ほとんどの人は知らない。それにもかかわらず,たいていはじっくり考える熟慮する時間がほとんどない状態で,みずからの健康と時には命まで危険にさらす可能性のある臨床試験への参加を要請されることもある。その上,数年前から,臨床試験は,医薬品候補をふるい分けるものだけではなくなってきた。臨床試験自体が,医療の現場で大きな役割を果たすようになった。試験に参加することが,命を救ってくれる実験的な医薬品の投与を受ける唯一の方法だと,ほとんどの患者が考えている。
 臨床試験をめぐっては,かかる費用や時間,利害の衝突に関する懸念があがっている。製薬会社は,自社に有利になるように研究者に結果を出させてはいないだろうか。試験の目的が患者に対する危険性を知ることである場合,患者にすべての生じうる危険性を説明することは可能だろうか(患者の「インフォームド・コンセント」を得るための要件)。医薬品候補を総合的に試験したいという気持ちと,患者に速やかに治療を提供したいという気持ちと,どう折り合いをつけるのだろうか。疑問はまだまだある。