量子情報科学への招待

M. A. ニールセン
200302

日経サイエンス 2003年2月号

12ページ
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コンテンツ価格: 700

量子情報科学というエキサイティングな基礎科学が生まれた。量子コンピューターや量子テレポーテーション,量子暗号などの応用例はその一端にすぎない。複雑で奇妙な量子系を探ると,自然界の新たな高等原理が明らかになる。
 情報は純粋に数学的なものではない。それを具体的に表現する物理的実体を必ず伴っている。在来の情報科学では,情報を表現する物理的実体は古典物理学の法則に従う。これに対し,新たに芽生えてきた量子情報科学では,情報を量子力学の世界に移し替えて扱う。
 古典的情報の基礎資源「ビット」は0か1かいずれかの値をとる。量子情報の場合は「量子ビット(キュービット)」で,0と1を同時に含むような「重ね合わせ状態」をとる。また,複数のキュービットが「量子もつれ」と呼ぶ状態を示すことがある。これは直観的には理解できない奇妙な相関関係だ。
 量子コンピューターは量子もつれ状態にあるキュービットを利用して,これまでのコンピューターよりもはるかに優れた性能を発揮する。量子もつれは量子情報処理に利用される一種の資源だ。熱機関に例えると,エネルギーに相当する。
 量子情報科学の最終的な目標は,複雑な量子系を支配している高等原理を理解することにある。その原理は量子力学の基本法則から生まれてくる。チェスの基本ルールを知っただけでは上手なゲーム運びができないのと同様,基本法則が生み出す高度なルールを知ることが重要だ。