ウイルスは生きているのか

L. P. ビラリール
200503

日経サイエンス 2005年3月号

8ページ
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 約100年の間,科学の世界ではウイルスの正体についての見解が何度も変わってきた。ウイルスはまず毒素と考えられた。次に,ある種の生物と見られ,それから生物学的化合物とされ,今日では生物と無生物の境界領域に存在するものと考えられている。ウイルスは単独では自己複製できないが,生きている細胞の中では複製でき,宿主となった生物の行動にも大きな影響をおよぼす。
 近代生物学の幕開けから今日に至る大部分の期間,ウイルスは無生物に分類されてきたが,それが意図せぬ結果を生んだ。生物の進化の研究では,ウイルスの存在はほとんど無視されてきたのだ。しかし,ようやく,生物の歴史におけるウイルスの重要な役割が評価されるようになってきた。
 生命現象を担う多数の複雑な化学構造が明らかにされたために,ほとんどの分子生物学者はそちらの研究に忙しくて,ウイルスが生きているかどうかに頭を悩ます暇がなかったのだろう。ウイルスが生物であるかどうかは,個々の細胞成分がそれぞれ独自に生きているかどうかを考えるのと同じに見えたのかもしれない。
 ウイルスに生物というレッテルを貼ってもよいかどうかを議論していると,別の疑問がわいてくる。ウイルスが生物か無生物かを考えることは,哲学問答と変わらないのではないか。活発で白熱した修辞学的討論の基盤にはなるが,そこからは実用的な結果はほとんど生まれないのではないか?しかし私は,ウイルスの位置づけは非常に重要だと考える。なぜなら,どのように科学者がこの問題をとらえるかによって,進化のメカニズムについての考え方が変わってくるからだ。