マリアナ海溝に生きる太古の原生生物

北里洋(海洋研究開発機構)
200601

日経サイエンス 2006年1月号

8ページ
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世界最深のマリアナ海溝チャレンジャー海淵。1万1000mの海底は太陽光のまったく届かない暗黒の世界だ。深海底の場合,栄養分は表層から降ってくるものだが,マリアナ海溝の場合は表層の西赤道太平洋そのものが貧栄養状態にあり,その下の深海底はまさに極貧状態という厳しい世界だ。水温は2℃で,水圧は 1100気圧。

ところが,こうした極限環境にも豊かな微生物の世界が広がっていた。しかも,核をもたない原始的な細菌などではなく,単細胞ながらも私たちと同じ真核生物だった。

さらに興味深いのは,これらの深海微生物が,浅い海にすむ仲間とは約8億年も前から,進化上の別の道を歩んでいたことだ。マリアナ海溝ができたのはせいぜい5000万年前だから,深海底で独自の進化の道を歩んだと言うよりも,古いタイプの微生物が深海底を“隠れ家”として生き延びてきたと考えた方がよいだろう。

チャレンジャー海淵で見つかった単細胞生物は,細胞内に奇妙な構造体があった。この構造体の役割はまだよくわかっていないが,中に細菌を共生させているらしい。ウシなども腸内に細菌を抱え,共生関係を築いているが,極貧の栄養環境にすむ単細胞の生物がどうやら同じことをしているようだ。

面白いことにチャレンジャー海淵で見つかった微生物とよく似た古いタイプの微生物が熱帯林の落ち葉などの堆積層からも見つかっている。これらは何を意味するのだろう。私たち海洋研究開発機構(JAMSTEC)と英国立サウサンプトン海洋研究所の共同研究グループが発見した深海底にすむ多様な微生物から,進化の謎を見ていこう。