合成生物学を加速するバイオファブ

バイオファブ・グループ
200609

日経サイエンス 2006年9月号

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「遺伝子工学」という言葉は少なくとも30年前から使われてきたし,現在,DNA組み換え技術は医学・生物学を支える大黒柱となっている。それにもかかわらず,バイオテクノロジーと工学には共通点がほとんどない。理由の1つは,何かを作るときの「パーツ(部品)」が,工学分野とは違って規格化されておらず,有用性の点でも十分ではないからだ。生物学研究の方法論や研究者のものの考え方も関係している。これらも工学の発想によって大いに改良できる余地がある。

電子工学は1957年に転機を迎えた。プレーナー技術の登場だ。それまで,電子回路を製造するには,個々のトランジスタを1つずつ配線していくのが一般的だった。これは一種の職人芸で,品質を均一に保つのが難しく,エレクトロニクス産業のネックと考えられていた。それを打開したのがプレーナー技術だ。

この技術では,まずシリコン上に蒸着によって金属や化学物質の膜を形成する。それから作りたい回路パターンに合わせたフォトマスクという枠を使用して,エッチング処理をする。するとマスクで保護されていない部分だけが削られて,回路ができる。この新しい技術のおかげで,ばらつきなく集積回路(IC)を生産できるようになり,フォトマスクのパターンを変えるだけでさまざまなタイプの回路を作ることが可能になった。

まもなく,シンプルな回路をたくさん集め,その中から必要な回路を組み合わせて,どんどん複雑なデザインの回路が作られるようになり,アプリケーションの範囲が広がっていった。こうした単純な回路の集まりを「ライブラリ」と呼んでいる。

プレーナー技術はその後もどんどん改良が進み,ICは「ムーアの法則」と呼ばれる驚くべきスピードで進歩していった。

このように半導体チップは製造と設計を区別して,技術と方法論の組み合わせで作り上げている。この方法は「チップファブ」と呼ばれており,工学分野で最も成功している仕組みの1つとなっている。生物学的システムを作る新しい技術分野にとって,これは貴重なモデルとなる。

遺伝子工学ではいまだにすべての回路が手作りされている。マサチューセッツ工科大学人工知能研究所のナイト(Tom Knight)が言うように,「研究の実験道具としてあるDNA配列を使おうとすると,そのDNA配列を作ること自体が1つの実験になってしまう。DNA配列を組み立てるテクニックが規格化されていないからだ」。

バイオテクノロジーの分野でも構成要素の規格化を進めれば,互換性のあるパーツをライブラリにすることができ,製作を外注できるようになるだろう。現在はアイデアを練るときに,製造方法も考慮しなくてはならないが,設計と製造を切り離せれば,生物工学研究者はもっと複雑なデバイスを自由に考え出すことができるだろう。また,複雑な生物システムを設計するときには,工学で使われているCAD(コンピューター支援による設計)などの強力なツールを利用できるようになる。

生物工学を真の工学へ仲間入りさせることを目標に,私たちのグループは「バイオファブ」の基礎となる技術や装置,問題点を洗い出し,それらを開発・解決しようとしている。また,工学の優れた原則や技法をバイオテクノロジーにも活かそうとしている人たちへの助成も始めた。