麻酔の科学
脳に働くメカニズム

B. A. オーサー
200710

日経サイエンス 2007年10月号

9ページ
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現在使われている全身麻酔薬は,中枢神経に作用する薬の中でも最も強力なもので,危険を伴う場合もある。そのため,麻酔科医は患者や手術の内容に合わせて麻酔薬の投与量を調節し,手術中の不測の事態を回避するためにざまざまな機器を使ってモニターする。しかし,細心の注意を払ってきたにもかかわらず,麻酔が引き起こしたとみられる死亡者の割合はほぼ横ばいだ。その最大の原因は,今の全身麻酔薬は経験的に使用されてきたもので,その作用のメカニズムがはっきりとはわかっていないことにある。
 
麻酔の主な要素は鎮静,意識の消失(催眠),体が動かなくなる(不動),痛みの消失(痛覚消失),麻酔中の記憶の消失だ。では,どのようにして麻酔薬はそうした状態をもたらすのだろうか。麻酔の研究によって,これら個別の効果がそれぞれどのように生じるのか,メカニズムが徐々に解明されつつある。麻酔薬は種々の神経細胞(ニューロン)群と非常に特異的に相互作用することによって,麻酔に見られるそれぞれの効果を生み出すことがわかってきた。
 
この知見を武器に,私たちは「エーテルの時代」を越えた新世代の麻酔薬を開発できるだろう。新しい麻酔薬は数ある麻酔要素のうち特定のものをもたらす薬で,それらを組み合わせて使うことによって,必要な効果だけを安全に実現する。また,この研究から,鎮静薬や睡眠補助薬など麻酔薬と作用メカニズムの一部が共通する医薬品の改良につながる成果も得られつつある。