意識はどのように生まれるのか

C. コッホ
S. グリーンフィールド
200802

日経サイエンス 2008年2月号

10ページ
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脳内のニューロン(神経細胞)の活動と,私たちの意識とは,どのような関係があるのだろうか?ニューロンの活動は,客観的に外部から観察して電気化学反応として記述できる。一方,意識は,主観的で,他人に中身を伝達することすら困難だ。いったい,科学は,意識がどのように物質である脳から生まれるのかを明らかにできるのだろうか?
 
たしかに,これまで科学は,ビッグバンが起きてから宇宙で何が起こってきたかに説明を与えてきたし,脳科学においても目覚ましい理解が進み,脳内で起きている生化学反応の詳細も明らかになってきた。だが,主観的な意識という経験がどのように脳から生まれてくるのかについては,答えがあるのかすら定かではない。
 
私たち2人は,神経科学者として生涯をかけ,この意識の問題を解こうと試みている。私たちの説にはさまざまな共通点がある。一口に「意識の問題」という時でも,私たちは「どの」意識の問題について話すのかをはっきりとさせるべきだ,という点で特に意見が一致している。少なくとも,以下の3つの問題は明確に区別をつけるべきだ。
 
1つ目は,自分で自分に意識があるということに気づくというのはいったいどういうことなのか,なぜそのようなことが可能なのか,という「自意識」の問題。2つ目は,人に意識がある時,いま現在,いったいその人の意識には何がのぼっているのか,その意識の内容はどのような脳の活動から生まれてくるのか,という「意識の内容」の問題。3つ目は,「意識と無意識の問題」。昏睡状態,深い睡眠,麻酔下では意識が「ない」が,起きている時には意識が「ある」。この覚醒状態はどのような脳のプロセスによって支えられているのか。
 
他にもあるさまざまな意識にまつわる現象はそれぞれ非常に難しい問題で,将来的に脳科学が答えていくべきことである。
 
これらの意識の問題を解くための糸口はみつかっているのだろうか?神経科学者たちによる脳の研究はまだまだ日が浅く,ニューロンの電気化学的活動から意識が「どのように」生まれるかを説明できるまでにはほど遠い。そういう状況ではあるものの,意識の内容の問題に関しては,実際に進歩がみられる実践的で期待の持てるアプローチがある。それは,ある特定の意識の内容が変化するにつれてそれとともに変化するような神経活動,すなわち「Neural Correlates of Consciousness (NCC)」を見つけることに的を絞るという研究である。例えば,私たちが犬を見て,それが意識にのぼるときには,どの脳部位にあるどのニューロンが活動しているのか?突然悲しい気持ちに襲われたとき,脳内では何が起こっているのか?私たち2人は,主観的な意識と対応して変化するNCCを見つけようというアプローチをとっているという点では一致しているが,実際の研究手法と考え方は大きく異なっている。
 
2006年夏,オックスフォード大学で,マインド・サイエンス財団の後援により私たちは討論会を行った。そこで激論を交わしていくうちに,NCCに関しての考えに,私たちの間でどれだけズレがあるかがどんどんと明らかになっていった。その討論会以来,私たちはお互いの主張を深く掘り下げ,磨いてきた。その結果が今回のこの原稿となった。
 
意見が対立しているとはいっても,私たちは神経科学者であり,これら意見は単なる哲学的な思索をもとにした推測ではない。大量の神経科学的データ,臨床データ,そして心理学的なデータをもとにして,厳格に科学的考察を重ねてきた上で,お互いの結論に至っていることに注意していただきたい。