ノーベル賞記念連載
小林・益川理論とBファクトリー(第1回)
6元モデルへの道

中島林彦(編集部)
協力:小林 誠
200901

日経サイエンス 2009年1月号

14ページ
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 2008年のノーベル物理学賞を南部陽一郎,小林誠,益川敏英の3氏が受賞した。小林,益川両氏の受賞業績は「CP対称性の破れの起源の発見」。宇宙誕生時,物質と反物質は同量作られたはずなのに,現在の宇宙には物質しか見あたらない。これは,物質粒子と反粒子(物質粒子と質量は同じだが電荷の符号が反対の粒子)の振る舞いに違いがあることを意味する。この「CP対称性の破れ」が精密実験で初めて発見されたのが1964年のことだった。
 ではどうやって,この現象を理論的に説明するか。世界の多くの研究者が挑んだが,なし得なかった。10年近くが過ぎた1973年,小林,益川両氏は,形成過程にあった素粒子物理学の基本的枠組み「標準モデル」をベースに,CP対称性の破れを説明する「小林・益川理論」を発表した。同理論は,物質を構成する素粒子クォークが全6種類でフルセットであるとする「6元モデル」を,自然が選択していることを予言した。当時クォークは3種類しか発見されていなかったので,その予言は物質の“基本”粒子の種類が倍増することを意味した。世界のほとんどの研究者にとって突拍子もないことのように思えた。
 だがその後,約20年で予言通り新たに3種類のクォークが発見され,小林・益川理論そのものも2001年,日米がそれぞれ建設した巨大加速器Bファクトリーで検証された。日米は実験による検証の一番乗りを目指して熾烈な競争を繰りひろげた。小林・益川理論の誕生前夜から,現在までの道のりを3回連載で振り返り,将来を展望する。
 第1回は小林氏の協力を得て小林・益川理論誕生までの道のりをたどる。小林,益川両氏が学んだのは名古屋大学の坂田昌一教授の研究室だった。坂田教授は湯川秀樹と朝永振一郎と並び称される素粒子論のパイオニア。湯川・朝永と同じ京都帝国大学出身で,若き京大講師である湯川から量子力学を学び,後に共同研究者となった。湯川にノーベル賞をもたらした「中間子論」の第2論文から第4論文の共著者で,朝永と共同研究をした時期もある。ノーベル賞級の業績をあげたが惜しくも早世した。小林・益川理論は,その坂田の最後の弟子となる2人によって生み出されたことになる。そうしたことから同理論は「名大 坂田学派の精華」とも呼ばれる