土星の月エンケラドス
噴泉の謎

C. ポルコ(米カッシーニ画像中央研究所)
200903

日経サイエンス 2009年3月号

11ページ
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 1997年に打ち上げられた土星探査機カッシーニは,2005年1月に土星の衛星エンケラドスの南極付近から噴出するフレアを捉えた。エンケラドスは直径500kmちょっとの衛星だ。この規模の天体は小さすぎて地質活動のエネルギー源となるのに十分な熱を生成できず,地質学的に“死んだ天体”と一般に考えられている。そのため,カッシーニが捉えたフレアを単なる画像の汚れとする見方もあった。
  その後,カッシーニはエンケラドスへ数回のフライバイ(接近通過飛行)を実施し,多数の画像やさまざまなデータを届けた。中でも目を引いたのは,エンケラドスの南極地域の様子だ。そこは複数の巨大な割れ目が平行に走る「虎の縞地帯」で,その周りを山脈がぐるりと取り囲んでいる。カッシーニは南極地域上空を飛行中に水蒸気と有機物を検出し,太陽放射がもたらす熱だけでは説明がつかない“高い”温度を割れ目に沿って検知した。
  そして2005年11月,水蒸気と氷の微粒子を噴出する複数の“噴水”がはっきりと映っている画像が届いた。噴水は南極地域にそびえる巨大なプルームを作り出し,土星のEリングにも物質を供給していた。その噴出口は割れ目の温かい地域であることも確認された。

  エンケラドスが生きた天体であることは確かめられたものの,この探査は大きな謎を研究者に突きつけた。エンケラドスの地質活動のエネルギー源は何か?
  1つの可能性は「潮汐発熱」だ。エンケラドスの公転軌道は真円ではなく,エンケラドスと土星の距離は刻々と変化する(その公転周期は1.4日!)。エンケラドスは土星に近づけば近づくほど大きく変形し,こうした日々の変化が衛星内部にひずみと熱を発生させる。だが,潮汐発熱だけでは不十分だとわかった。
  最近,エンケラドスで観測された熱を説明できるモデルが登場した。そのモデルは南極付近を覆う氷が融点に近い“温かい”氷で,その氷殻と岩石核の間に液体の水が大量に存在することを前提としている。南極の地下に「液体の海」が存在する可能性が出てきた。しかも,液体の海の存在でエンケラドスの地質学的特徴や噴水も説明がつく。
  すでに確認済みの「有機物」「熱源」に加えて「液体の水」が存在するならば,当然,生命体の存在への期待が高まる。エンケラドスは,火星や木星の衛星エウロパに続き,地球外生命体探査の有力候補地に名乗りをあげた。