“頭をよくする薬”の現実

G. スティックス(SCIENTIFIC AMERICAN 編集部)
201001

日経サイエンス 2010年1月号

10ページ
( 4.0MB )
コンテンツ価格: 713



 米国では,認知機能改善薬に大きな関心が寄せられている。飲むだけで認識力や記憶力などの認知機能を高める薬だ。こうした薬はスマートドラッグや向知性薬,あるいは「脳のバイアグラ」などという名前で呼ばれることもある。大学生や企業のエグゼクティブの間ではブームになっており,薬のおかげで集中力が高まったという実感を持つ人も少なくない。しかし実際のところ,認知機能を改善するとして承認された薬剤は1つもない。
 2008年にNature誌がオンラインで実施した薬剤使用経験に関するアンケートによると,60カ国,1427人の回答者の20%が,メチルフェニデート,モダフィニル,ベータ遮断薬を認知機能を高める薬として使用したことがあると答えた。メチルフェニデートはナルコレプシーのような睡眠障害や注意欠陥多動症(ADHD)の治療薬だが,集中力を高める目的で服用する人が多く,同じくナルコレプシーの治療薬モダフィニルは過度の眠気を払う効果がある。またベータ遮断薬はもともと高血圧や心疾患の薬として開発されたが,あがり症の薬として使われる。
 こうした薬を健康な人が日常的に使用した場合,どのようなリスクがあるのだろうか。最も心配されるのは依存症だ。メチルフェニデートはアンフェタミン類似化合物で,覚醒剤としての効果はアンフェタミンよりも弱いが,乱用の危険が高い薬物だ。さらに,健康な人が服用した場合,精神機能が高まるのではなく,逆に低下する可能性もある。認知症など特定の疾患では,リスクを上回る効果が期待できるかもしれないが,治療以外の目的で安全に服用できるというデータは今のところない。
 一方,高齢化によって軽度の認知障害を示す人が増えれば,認知改善薬への期待は当然高まると見られる。新たな市場開拓を目指す製薬会社は,すでに承認済みの薬剤に認知機能の向上効果を付加して再承認を受けるなど,さまざまな方策を考えている。