もうひとつの量子コンピューター
ボース・アインシュタイン凝縮で計算

古田 彩(編集部)
T. バーンズ(国立情報学研究所)
山本喜久(スタンフォード大学)
201103

日経サイエンス 2011年3月号

10ページ
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 計算とは何だろうか? それは何らかの物体の物理状態で表した,情報という名の物理量を変化させていくプロセスだ。従って,どんな計算が可能かを決めるのは数学ではなく物理法則である。物理学が発展し,新たな物理現象が見つかったら,それは新しい計算のリソースになり得る。
 1995年,人類は新たな物理現象を手にした。膨大な数の粒子が空間でまったく同じ位置を占め,まるで1個の粒子であるかのように振る舞う量子現象「ボース・アインシュタイン凝縮」だ。著者のT. バーンズと山本喜久は,この新たな量子現象を使った,新しい量子コンピューターを提唱した。
 与えられた状況を再現するシミュレーターをコンピュータ−上に構築し,ボース・アインシュタイン凝縮を起こさせて全体を冷却する。最低エネルギー状態に落とし込むと,そこに答えが表れる。量子現象を使って高速で計算するという点では今の量子コンピューターと似ているが,使っている量子現象も高速化の仕組みもまったく異なる。今の量子コンピューターが苦手とする計算機科学の難問「NP完全問題」を高速で計算できると期待されている。
 新たな量子コンピューターの素子として用いるのは,今のコンピューターと同じ半導体だ。この中に生成する「エキシトン・ポラリトン」という粒子をボース・アインシュタイン凝縮にし,その物理的な状態を読み出す。すでに基礎技術は完成し,今後,システムを組み上げて実証する実験をする。
 今の量子コンピューターは外部の影響に極めて弱く,できるだけ環境から遮断する必要があるが,新しい量子コンピューターはむしろ環境を積極的に利用している。実現が容易で操作も簡単,いずれは室温で動作する可能性もある。いつか携帯電話などに組み込まれ,ポケットに入る量子コンピューターが実現するかもしれない。