最も賢い細菌

A. クチメント(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)
201109

日経サイエンス 2011年9月号

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 イスラエルにあるテルアビブ大学の物理学教授ベン=ヤコブ(Eshel Ben-Jacob)は研究中の細菌のゲノムだけでなく,その“個性”にも興味を持っている。彼は多くの細菌をハリウッドの映画スターになぞらえる。「人は彼らに感嘆する一方で,くだらないとも思う」。だが昨年12月,ベン=ヤコブらはBMC Genomics誌に,1990年代に彼が発見した土壌細菌パエニバチルス・ボルテックス(Paenibacillus vortex)が微生物としては驚くほど賢いことを報告した。
 研究チームはボルテックス菌のゲノムをゲノム解読ずみの502種の細菌と比較し,それに基づいてベン=ヤコブが「社会的IQ値」と呼んでいるものをボルテックス菌について計算することで,この細菌の相対的な“知能”を割り出した。社会的機能に関連する遺伝子の数を数えたのだ。ここで社会的機能とは,細菌どうしが情報交換したり,周囲の環境に関する情報を処理したり,他の生物と競争する際に役立つ化学物質を合成したりすることを可能にする能力のこと。ボルテックス菌などパエニバチルス属の細菌3種は,大腸菌などの病原菌を含む残り499 種の細菌と比べ,これらの遺伝子を数多く持っている。「非常に素晴らしい社会的ワザ」を備えていることを示しているとベン=ヤコブはいう。
 その高度な社会的ワザを如実に示しているのが,この写真だ。ボルテックス菌はとても精巧なコロニーを形成する。写真はシャーレの上に数日間で形成されたもので,コロニー全体の直径は8cmほど,地球上の全人口の100倍を超える数の細菌からなっている。青く見えるスポットは細菌が高密度に集まった「渦」という部分で,共通の1点を取り巻くように細菌が群れをなして動くことで,硬い表面の上をうまく移動し,危険から自分たちを守っている。細菌が増殖すると,それぞれの渦が拡大するとともにコロニーの外側へと動いていき,その跡には増殖しなくなった年老いた細菌からなる筋が残される。この筋を通じて,細菌はコロニー全体のコミュニケーションを保っている。
 「これらの小さな生物体は過酷な環境でも生き延びられるよう,連帯して行動することで周囲の環境を検知し,情報を処理し,問題を解決し,意思決定している」とベン=ヤコブはいう。単細胞スターを見くびってはいけない。