謎の隕石を追う 砂漠が燃えた日

J. C. ウィン
E. M. シューメーカー(ともに米国地質調査所)
199902

日経サイエンス 1999年2月号

12ページ
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コンテンツ価格: 306

アラビア半島の地図を見ると,内陸部に町も村もない広大な空白地帯が存在することがわかる。サウジアラビアのルブ・アル・ハリ砂漠だ。その砂の海の奥深くに非常に奇妙な場所がある。広さ0.5km2ほどの地域で,周囲は砂ばかりなのに,そこだけ黒っぽいガラスや白い岩石,鉄の破片などが散らばっている。この不思議な地域の話は1932年,英国の探検家,ジョン=アブドゥラ=フィルビーによって初めて欧米世界に伝えられた。もっとも,アラビア半島に古くから住む放浪の民ベドウィン族の間では,この地は「鉄のある場所(Theiron things)」として何世代にもわたって語り継がれ,いにしえの王国の都ウバールの跡とも言い伝えられていた。
 彼は旅行記の中で,この土地の名前を「ウバール」ではなく,「ワバール」と聞き書きで記した。以来,この地は一般に「ワバール」という名前で通るようになった。しかし,フィルビーが発見したのは失われたウバールの町ではなかった。ただ,確かにそこは空からの災厄に見舞われた跡だった。隕石が衝突したのだ。
 ワバールは隕石探査における特別な場所となっている。これまで地球に衝突した隕石のほとんどは,表面が土や岩石で覆われた固い大陸表面か,さもなければ海などに落ちている。これに対して,ワバールでは,落ちたところが世界でも指折りの砂の海だった点が他と大きく異なる。この乾燥した別世界は,地質学的に見て,隕石衝突の跡が,地上で最もよく保存された場所といえるだろう。
 ではいったいワバールでどんなことが実際に起きたのか,私たちは3度に及ぶルブ・アル・ハリ砂漠への大変な調査旅行によって,衝突当時の模様を再現することに成功した。(本文から)

※こちらは誌面をスキャナーで読み込んで作っているため,印刷した際画面がやや粗くなりますが,何卒ご了承ください。

再録:別冊日経サイエンス195「空からの脅威」