特集:ヒトゲノム解読をめぐる競争
ビジネスが加速したゲノム解読

K. ブラウン
200009

日経サイエンス 2000年9月号

8ページ
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インターネットで人間の全遺伝情報(ヒトゲノム)の配列データが入手できるようになってきた。それは軽い読み物ではない。全部合わせると電話帳で200 冊以上の分量になる。最初から最後まで,A,T,C,G の4 文字が様々な順番で繰り返し並んでいるだけだ。しかし,この配列情報を知りたがる生物学者は引きも切らない。
 アルファベット4文字は,遺伝子の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)を構成する塩基の種類を示しており,人が歩いたり,話したり,考えたり,眠ったりするなどの機能に影響を与えている。米国立ヒトゲノム研究所(メリーランド州ベセスダ)所長のコリンズ(Francis S. Collins)は「人間の使用説明書を解読しているようなもので,これほど興味をそそられることはない」と,語る。
 コリンズは国際ヒトゲノム計画(HGP)のリーダーだ。ヒトの全遺伝情報の解明を目指しているこのプロジェクトにはこれまで,2 億5000 万ドルが注ぎ込まれた。ヒトゲノム計画は各国政府が資金を出して結成された共同研究チームで,米国の4 つの大規模配列解読センターや日本(理化学研究所や慶応大学医学部など。ヒトゲノム全体の約7 %を担当),英国のケンブリッジ近くにあるサンガー・センターやフランス,ドイツ,中国の研究所が参加している。1100 人以上の科学者が協力しあい,10 年以上かけて,ヒトゲノムを構成するDNAの30 億塩基対の配列地図を作成している。
 ヒトゲノムを解読しているのは,ヒトゲノム計画のチームだけではない。メリーランド州ロックビルにあるセレーラ・ジェノミクス社というベンチャー企業は4 月に,ヒトゲノム計画に先んじて,独自に解読したヒトゲノムの配列の概要を発表した。この解読競争は,ヒト遺伝子の配列と,これを利用した研究計画への関心を高めることにつながった。
 科学者は現在,ヒトの遺伝子の配列が解読される日を念頭に置いて動いている。例えば,製薬会社は特定の遺伝子に合わせて医薬品を作る方法を研究している。このような医薬品づくりの方法は,ファーマコジェノミクス(ゲノム薬理学)と呼ばれている。数年後には,患者に処方する高血圧薬も,薬剤師が患者それぞれの遺伝子の特徴に合わせて処方するようになるだろう。