特集:ヒトゲノム解読をめぐる競争
ゲノム解読後に広がる新分野

C. エゼル
200009

日経サイエンス 2000年9月号

7ページ
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 現在,遺伝子は大いにもてはやされているが,今まさにこの瞬間には,ある意味では“時代遅れ”になったともいえる。ヒトゲノムに含まれる遺伝子は,塩基配列の解読が終わりつつある。それらの遺伝子がいつ,どこで発現するか,遺伝子がつくるタンパク質の機能や特性は何かを探る新しい産業が台頭してきた。ベンチャーキャピタルや資本家たちの数億ドルもの資金を引きつけている新たな企業は,ゲノムを研究する「ゲノミクス」に代わる「プロテオミクス」だ。
 メリーランド州ロックビルにあるヒューマン・ジェノム・サイエンシズ社の会長兼最高経営責任者であるヘーゼルタイン(William A. Haseltine)は「今日,ゲノミクスでの最大の課題はもはや遺伝子ではない。関心事は,その遺伝子で何ができるかだ」と言う。次にすべきことで最も大きいのはメッセンジャーRNA(mRNA)とタンパク質だ。細胞がタンパク質をつくるときに使うマスター設計図がDNA だとすると,mRNA はいわば,設計図の必要個所のコピーだ。これを使って毎日,その“現場”で必要なタンパク質がつくられている。DNA は細胞の核から出ることはないが,必要な遺伝子の情報を転写したmRNA は核から出て細胞質へ行き,そこでタンパク質がつくられる。
 体のすべての細胞には,人間の身体をつくり,維持するためのすべての遺伝情報を含んだDNAがある。しかし,母親の胎内での発生段階が終わると,かなりの数の遺伝子は,もうmRNAに転写されることはない。そのほかのさまざまな遺伝子は臓器や組織ごと,その機能ごとにそれぞれ違う時間に発現する。例えば,インスリンをつくるmRNA はすい臓のベータ細胞に大量にあるが,脳の神経細胞には通常まったくない。
 従来,1 つの遺伝子は1 つのmRNA に対応し,それは1 つのタンパク質に対応すると考えていた。しかし,今では,1 つの遺伝子の情報から複数の種類のタンパク質がつくられていることがわかっている。つまり,DNA の塩基配列を見ていても,ある特定の細胞のしていることは,断片的にしかわからない。代わりに研究者は「トランスクリプトーム」と「プロテオーム」に関心を払うようになった。トランスクリプトームは,ある時点にある細胞がつくっているmRNA のすべての集合体のことで,「プロテオーム」はそのmRNAからつくられるタンパク質すべてのことだ。