特集:ヒトゲノム解読をめぐる競争
ヒト以外でも進むゲノム解読研究

久保田啓介
200009

日経サイエンス 2000年9月号

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ヒト以外の生物種のゲノム研究の流れは,大きく分けて3 つある。
 まず,ショウジョウバエや線虫,マウスなど「モデル生物」のゲノム解読だ(囲み記事参照)。モデル生物ではこれまでに多数の遺伝子が見つかっており,その中には人間の遺伝子とよく似た遺伝子も多い。人間の病気の原因になる遺伝子(病因遺伝子)はこれまでに約1400 種わかっているが,そのうち60 %はショウジョウバエでも見つかっている。
 遺伝子が作るタンパク質をみても,ショウジョウバエが作るタンパク質の半分に当たる約7000 種は,哺乳動物と共通する。マウスでも,これまでに特定されたタンパク質の90 %以上がヒトのタンパク質と似ており,酵母のタンパク質でも38 %が,哺乳動物のタンパク質とよく似ている。
 モデル生物なら遺伝子組み換えなどの実験を簡単にできる。このため,こうした生物からガンや糖尿病などの病気の原因になる遺伝子が見つかれば,診断や治療法の研究開発が効率化すると期待される。また,胃ガンの原因とされるヘリコバクター・ピロリや結核菌,腸球菌でも,米国の研究機関などがゲノム解読をすでに終えた。こうした病原菌の遺伝子の機能が詳しくわかれば,治療法の開発に道を開きそうだ。
 2 番目は,生物の進化や発生の解明を目指す研究だ。さまざまな種類の生物の遺伝子を比較すれば,原始的な生物がどう進化し,人間のような高等な生物になったかの道筋が見えてくる可能性がある。京都大学がチンパンジーなど霊長類のゲノム解読に取り組んでいるほか,理化学研究所もヒトとチンパンジーの遺伝子を比べ,脳の働きの解明につなげる研究に乗り出す方針だ。
 3 番目は,遺伝子組み換え作物など農業への応用だ。かずさDNA 研究所は1996 年にラン藻の全塩基配列を解読し,現在はアブラナ科の植物であるシロイヌナズナのゲノム解読を進めている。「ラン藻の遺伝子を調べれば光合成の仕組みの解明につながり,食料増産や環境保全の研究に役立てられる。またシロイヌナズナは双子葉植物のモデルで,小麦や大豆などと共通の遺伝子を多くもつと考えられ,産業上の有用性が高い」(同研究所)。