特集:様相変わる戦争
紛争がもたらす心の深い傷

R. F. モリカ
200009

日経サイエンス 2000年9月号

6ページ
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昔から戦争はゴムひもに例えられてきた。戦争は間違いなく地獄だが,いったん対立が終わってしまうと,被害者たちはすぐに“日常”に戻る。身体が受けた外傷はすぐには消えないが,生命を脅かすような事件への不安や恐怖は,直接の脅威が過ぎ去った途端に消え失せてしまう。多くの人々の態度は共通している。例えば,戦争を知らない人が犠牲者にかける励ましの声はいつも同じだ。「頑張れ,苦難を乗り越えろ」。
 幼児虐待や強姦など心の痛手となる事件への周囲の反応も,以前はこれと似たようなものだった。しかし今,私たちは現実をよく知っている。恐ろしい体験をすると,自然には決して治らない心の傷を負う。犠牲者にはカウンセリングや経済的支援,薬物療法が必要になることもある。
 1980 年,ベトナム戦争や朝鮮戦争の帰還兵の調査がきっかけになり,心的外傷後ストレス障害(PTSD)が公式に認知された。しかし,多くの研究者が戦争のもたらす社会的・精神的な外傷について研究結果を公表し始めたのは,過去20 年ほどのことにすぎない。これらの調査結果は,戦争で荒廃した社会の復興策の見直しを迫ることにもなるだろう。