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1650年以前の,ロンドンやインドのデリーを含むイスラム教とキリスト教世界の富裕層は,ほとんど同じような料理を食べていた。野菜,果肉,肉などを裏ごししたどろっとしたピューレ,ふんだんな香辛料,甘酸っぱいソース,火を通した野菜,温めたワインなどだ。砂糖は,あらゆる料理の風味づけとして利用されていた。ところが,17世紀の半ば頃,北欧州の食事に変化が起きる。新しい料理では,香辛料が減り,ソースはバターやオリーブ・オイルなどの油脂がベースとなり,生野菜や果物をふんだんに取り入れるようになった。そして,甘味は食事の終りにだけ出るようになった。
一体,なにが起きたのだろう? 経済的な要素が原因だとは考えにくい。富裕層にとって金銭は問題ではないし,貧困層にとっては最初から手の届く料理ではないからだ。貧困層は,19世紀になるまで野菜スープとパン,オートミールや穀類を水や牛乳で煮詰めて,どろどろにした「かゆ」を食べていた。新大陸から伝わった新しい食材も,食習慣の変化の説明にはならない。というのも,七面鳥を除いて17世紀の食事は新しい食材というよりも,前々から慣れ親しんだ食材の新しい調理法に基づいているだからだ。16世紀と17世紀の間に起きた食習慣の変化の謎を解くカギは,化学と医学の発達史における食事と栄養の考え方の進展に隠されているに違いない。