橋梁デザインを変えた革命児

D. P. ビリントン
200101

日経サイエンス 2001年1月号

11ページ
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 スイスの構造技術者マイヤール(Robert Maillart)は20世紀を代表する橋梁を多数設計した。マイヤールの橋は優雅で,周囲の環境とも調和している。デザインを重視する独自の設計思想が力学的にも優れた橋を生み出した。
 19世紀の偉大な建造物の象徴は鉄道橋だったが,20世紀の土木技術の金字塔として歴史に名をとどめるのは高速道路橋だろう。先進国では自動車の発明と普及に伴って舗装道路や道路橋の需要が必然的に増え,道路橋の役割は大きく変わった。
 自動車やトラックの通行に必要な橋は,機関車が走る橋とは根本的に異なっている。高速道路橋は通常,鉄道橋に比べると小さい荷重に耐えられればよい。また,道路橋ではある程度の急カーブや急傾斜が許容されている。
 20世紀初頭の橋梁設計者たちは,道路橋の需要増に対応するため,新しい建設資材を使って仕事を始めるようになった。その代表は鉄筋コンクリート,つまり鉄筋をコンクリートに埋め込んで強度を高めた材料だ。この新材料を巧みに扱った巨匠がマイヤールだった。マイヤールは近代橋梁の設計者として最も独創的で,後世の設計者にも強い影響力を残した。
 マイヤールは1872年,スイスのベルンで生まれ,チューリヒ連邦工科大学で構造工学を学んだ。構造技術者としての初期の業績は,橋梁や一般建築物,コンクリート構造物を独特の手法で設計したことだ。
 当時の構造工学者たちは建造物に働く荷重や力を複雑な数学的手法で解析することに熱中していたが,マイヤールはこの手法をかたくなに拒んだ。また,橋梁設計者の大勢が好んだ装飾的な橋の設計も,マイヤールは避けた。古い建築様式を模倣したり,装飾だけを目的に設計要素を加えることを嫌ったからだ。
 マイヤールの設計手法は“創造的な直観”を駆使したものだった。彼は古典的な技術課題を解決するのに新しい形態を着想する才覚をもっていた。マイヤールの設計した主要な橋梁を見れば,彼が独自の設計思想をもち,技術的にいかに優れていたかを容易に理解できるはずだ。