文化から探るチンパンジー社会

A. ホワイトン
C. ボッシュ
200104

日経サイエンス 2001年4月号

10ページ
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 西アフリカ・ギニア湾に面したコートジボワール共和国のタイ森林――研究者たちが森の中の空き地に静かに近づくと,複雑なリズムで何かを打ちつけるような音や何かが割れるような穏やかな響きが聞こえてくる。まるで,居住地を移動していく狩猟採集民の一団が,森の中でお決まりの日常作業を忙しくこなしているような音だ。空き地に入った研究者たちは,鉄床(かなとこ)に向かって巧みにハンマーをふるう熱心な姿に気がつく。まだ習熟していない不器用な子どもは,自分で見つけた手ごろなハンマーを持ち上げようともがいている。彼らは,石のように堅いが栄養たっぷりのコウラナッツを割ろうとしている(訳者ノート1)。ときおり,ハンマーを脇に置いて新たな実を集める。ある赤ちゃんは,砕け散った実のかけらを集めようと母親のそばに座っている。
 どう見てもこの集団は狩猟採集民の一家だ。彼らが立ち去った後に残された石製のハンマーや鉄床代わりの台石は,原始的な文明の証拠を探し求めている人類学者の想像力をかき立てるだろう。しかし,この森林居住者たちは人間ではなく,チンパンジーなのだ。
 チンパンジーとヒトの類似性はもう何年も前から研究されてきた。しかし,過去10年の研究で,両者の類似性はそれまで考えられてきたよりも,かなり根が深いことがわかった。例えば,タイ森林で観察されるナッツ割りは,チンパンジーに一般的に見られる行動ではなく,アフリカのある地域だけに見られる適応行動で,生物学者が“チンパンジー文化”とみなす際の基準となる特性を備えている。科学者は,動物の基本的な行動に対して「文化」という用語を使うことがある。例えば鳥のさえずりに,個体群ごとの方言があるといったような場合だ。しかし,チンパンジーにみられる多様な文化的伝統は,明らかに,人間の伝統に次いで複雑だ。
 過去2年間に,野生チンパンジーを研究しているおもなグループすべてが参加して,先例のない科学研究を協力して行った。これにより,チンパンジーの道具使用からコミュニケーション,社会習慣にいたるまで,アフリカ中央部に広がる彼らの文化様式の多様性が詳細にまとめられた。ここで新たに浮かび上がったチンパンジーの姿は,この驚くべき生物を考える際に大きな影響を与えるだろう。それだけではなく,人類の特異性の考え方を改め,人類の並はずれた文化能力を太古にさかのぼって考えるときの手がかりを与えるだろう。