特集:動き出したポストゲノム研究
タンパク質分子の姿をあぶりだす新手法

美宅成樹
200201

日経サイエンス 2002年1月号

8ページ
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ヒトゲノム計画で得られたDNA塩基配列から,遺伝子が探し出され,その遺伝情報から,タンパク質を構成する20種類のアミノ酸の配列がわかる。しかし,タンパク質の多くは,まだ機能がわかっていない。ゲノム解読後の次の課題はタンパク質の立体構造を知ることだ。立体構造がわかれば,機能とそのメカニズムも自ずと見えてくるはずだ。
 タンパク質の立体構造をゲノム規模で解析しようという「構造ゲノミクス」のプロジェクトが最近始まった。これは,X線結晶構造解析やNMR(核磁気共鳴法)構造解析の技術を用いて,個々のタンパク質の立体構造を1つひとつ明らかにする実験を積み重ね,それを通してすべてのタンパク質の機能を推定していこうという計画だ。
 構造解析技術の進歩は著しいが,配列の解析に比べると立体構造の解析は,まだかなり時間・手間・資金がかかる。したがって,すべてのタンパク質の立体構造を実験的に解明するのは現実的ではない。そこで,タンパク質の立体構造とアミノ酸配列の間に見られる関係を利用した“省力化”がはかられている。
 しかし,いくつか難点がある。1つは,タンパク質には構造解析のやさしいものと,そうでないものがあるという点だ。構造解析がやさしいタンパク質のデータはどんどんたまるが,難しいタンパク質については後回しになり,いつまでも構造パターンが埋められない。
 膜タンパク質は構造解析が難しい典型例だ。脂質でできた膜(細胞膜や核膜,小胞体の膜など)に埋め込まれているので,X線結晶構造解析やNMR構造解析にかけられるような試料づくりの技術がまだ確立していない。1つひとつの膜タンパク質で試行錯誤しながら試料を作っている状態だ。
 現在,ヒト以外のタンパク質も含めると1万個くらいの構造解析がすんでいるが,その中で膜タンパク質はせいぜい数十個にすぎず,1%にも届かない。全タンパク質の25%は膜タンパク質だから,構造パターンをすべて明らかにできるのは,かなり先になると考えざるを得ない。医薬品開発では膜タンパク質がターゲットになっていることを考えると,この状況は悩ましい。
 もう1つの難点は,タンパク質によっては非常に大きな構造変化をするものがあるという点だ。同じアミノ酸配列でできたタンパク質が全く異なる構造パターンをとり得るという事実は,構造ゲノミクスの枠組みではあまり想定されていない。しかし,タンパク質は多かれ少なかれ構造変化を引き起こしている。そして,タンパク質の機能は構造変化を通して発揮されている。したがって,機能を理解するには,そうした構造変化のモードもわかるようなアプローチが必要となる。それには,立体構造を“知る”だけではなく,構造がどのように作られているかを“理解する”ことが必要となる。