狂牛病─変異プリオンをとらえろ

M. アイゲン
200201

日経サイエンス 2002年1月号

10ページ
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ドイツで最初に狂牛病の症例が見つかって以来このかた,「BSE」の三文字が有力雑誌の表紙に踊り,ドイツ国民は不安にさいなまれてきた。BSEはウシ海綿状脳症を意味する英名,bovine spongiform encephalopathyの略だ。ウシがこの病気を発症すると,末期には脳がスポンジ状に変性することに由来している。
 近年の研究で,狂牛病が人間に感染する可能性があり,その場合は1年ないし数年の潜伏期間を経て新変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)を引き起こすことが判明した(一般にはvCJDの潜伏期は4?10年といわれている)。脳が冒され,死に至る(これに対し,在来のクロイツフェルト・ヤコブ病は同様の経過をたどるものの伝染はせず,外部からの影響によらず散発的に発生している。発症の確率は極めて低い)。
 狂牛病に感染する危険性はどの程度なのか。どうすれば危険を避けられるのか。検査の精度は信頼できるものなのか。潜伏期間はウシとヒトでそれぞれどのくらいか──。これらの疑問に対する確実で決定的な答えは,まだ出ていない。狂牛病の病原体が生体の中でどのように増殖して病気を引き起こすのか,よくわかっていないからだ。狂牛病の感染とその影響について理解するには,根底にある分子プロセスの反応速度を分子動力学に基づいて理解する必要がある。そうした基礎的な土台があって初めて,効果的な防疫方法を見いだせる。
 私は1996年に書いた「プリオニクス」という論文の中で,狂牛病の病原体であるプリオンの増殖に関する様々な仮説を検討し,この病気の実態と一致するかどうかを分析した。その後の研究によって私の推論が裏付けられ,病原性プリオンに対する新しい検査法の開発につながっている。この検査法は分子モデルに基づいた手法で,従来の1/10?1/100という低濃度の病原体でも検出可能だ。より早い段階で,狂牛病の感染を診断できる。
 しかし,一塊の牛肉を調べて,感染を引き起こす量の病原性プリオンを含んでいないと保証するには,さらにけた違いに高精度の検査法が必要になるだろう。プリオン増殖の反応速度論を追究すれば,そうした高精度の検査法を開発するための道筋が見えてくるはずだ。