フェアプレーの経済学

K. シグムント
E. フェール
M. A. ノワック
200204

日経サイエンス 2002年4月号

8ページ
( 2.1MB )
コンテンツ価格: 600

あなたに100ドルを提供しよう。ただし,別のもう1人とこの100ドルを分け合わなくてはならない。厳しい規則があって,あなたたち2人は別々の部屋にいて情報交換はできないし,互いに相手が誰であるかもわからない。コイン投げをして,どちらが「提案者」になるかを決める。提案者は金をどう分けるか,つまり相手の取り分をいくらにするかを1回だけ提案する。残りの1人は「回答者」となり,その提案に対してイエスかノーを答える。回答者もこの規則と金の総額は知っている。回答がイエスならば取引は成立し,提案どおりの額を各自が受け取る。回答がノーならば金は没収され,2人とも何も得られない。ゲームは1回限りで,やり直しはできない。
 実際にこのようなゲームをすると,総額の40?50%を相手に与える提案が全体の2/3を占めた。これは驚くにはあたらないだろう。また,相手の取り分が20%未満になる提案をしたのは100人のうち4人だけだった。このような低額の提案は拒否されるかもしれず,リスクが高い。実際,自分の取り分が20%未満になる提案に対しては,回答者の半分以上が拒絶した。
 しかし,ここで疑問が生じる。取り分が少なすぎるとはいえ,提案を拒絶する理由がどこにあるのだろう?回答者には2つの選択肢しかない。提案額を受け取るか,何も受け取らないかだ。利己的な人にとって唯一の合理的な選択は,どんな提案でも受諾することだ。たとえ1ドルでも,ないよりはましだ。
 ゲーム理論は人間が利己的でしかも合理的に行動すると仮定している。この前提に基づけば,提案者はできるだけ相手の取り分を少なくし,回答者はどんな提案でも受け入れるのが最善の方法となる。しかし,ほとんどの人はこれとは違う行動をとる。
 生物が感情を持ち,自分や自分の遺伝子にとって必ずしも有利とはいえない行動をとるようになったのはなぜか。ダーウィン流の自然淘汰を通じてこうした進化がどのようにして起きたのかは,興味深い謎だといえる。