特集:ナノカーボン
始まった「炭素の世紀」

遠藤守信
林卓哉
200208

日経サイエンス 2002年8月号

6ページ
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時代とともに材料の主役も変わる。19世紀は鉄,20世紀はシリコンがつくった世紀といわれる。21世紀,その主役としてフラーレンやナノチューブに代表されるナノカーボンに期待が集まっている。発明王エジソン(Thomas Edison)が1879年に竹炭のフィラメントで初めて電球を灯し,1960年代初頭に開発された炭素繊維がロケットなどに使われて宇宙時代を拓いたように,技術変遷の節目にはいつも炭素が登場してきた。そして今,“宇宙からの贈り物”ともいえるフラーレンとカーボンナノチューブが,新世紀の科学と技術に変革を起こそうとしている。
 これらナノカーボンは星間物質の研究が発見のきっかけになった。1985年,米ライス大学のスモーリー(Richard E. Smalley)とカール(Robert F. Curl),英サセックス大学のクロトー(Harold W. Kroto)らはシアノヘキサトリイン(HC7N)やシアノオクタテトライン(HC9N)などの星間物質の合成を目指し,ヘリウムガス中で炭素板にレーザーを照射していた。そして装置内に堆積した黒いススの中に,炭素原子60個からなる分子C60が存在することを突き止めた。炭素原子がつくる5角形の周りに6角形が配置した構造で,サッカーボールの縫い目模様と同じだ。ただし,直径は0.7nm(ナノメートル,1nmは10億分の1m)とサッカーボールの1億分の1に過ぎない。
 炭素原子がつくる6角形だけでは決して閉じたボール状にはならず,12個の5角形が介在する必要がある。これは幾何学の分野で古くから「オイラーの法則」として知られており,大阪万博のパビリオンなどで有名なドーム建築にも必ず6角形に混じって5角形が点在している。このドーム建築を生み出した建築家バックミンスター・フラー(Richard Buckminster Fuller)の名前にちなんで,クロトーらはC60を「バックミンスターフラーレン(略してフラーレン)」と命名した。
 C60の発見は炭素の概念を大きく変えた。炭素原子が丸い分子を作ること自体がおおかたの予想を超えた発見だったし,ベンゼンに溶けると深い紅色を呈するなどの性質も驚きだった。それは「地球は平らではなく球」という大転換の歴史をほうふつさせ,21世紀に向かった新しい科学技術の発展の前ぶれととらえられた。
 一方,NEC基礎研究所の飯島澄夫特別主席研究員(名城大学教授などを兼務)は1991年,C60生成時に電極上に積もった硬い塊を電子顕微鏡で観察しているとき,フラーレンと同程度の直径の,炭素原子でできた円筒状物質を見つけ,「カーボンナノチューブ」と命名した。炭素原子が100個を超える巨大フラーレンは合成されていないが,ナノチューブはその1つの形態である可能性が高いと考えられた。以来,ナノチューブはフラーレン科学の一翼を担って発展してきた。