レイプするオランウータン

A. N. マジオンコルダ
R. M. サポルスキー
200209

日経サイエンス 2002年9月号

8ページ
( 1.9MB )
コンテンツ価格: 600

オランウータンは人類に最も近い動物の一種だ。ゴリラ,チンパンジー,ボノボとともに大型類人猿の仲間であるオランウータンは,現在では東南アジアのボルネオ島とスマトラ島だけにおり,ジャングルの樹上での生活に見事に適応しながら生きている。長い腕とフックのように曲がる手で枝にぶらさがり,果実を探して木から木へと移動するのが得意だ。大型霊長類の中で最も単独生活をする傾向が強く,アフリカ以外に生息する唯一の大型類人猿でもある。雄と雌の体のサイズが著しく違うことでも有名で,雄の成体の平均体重は約90kgもあり,雌の2倍以上になる。オランウータンの研究によって,雄の中には予想もしなかった不穏な進化戦略をとるものがいることがわかってきた。
 成体の雄は印象的な外見をしている。顔の両側には,フランジと呼ばれる大きな頬のひだがあり,のど袋が発達している。こののど袋はロングコールという大きな叫び声を出すのに使われる。また,成熟した雄には体と顔に明るい色をした長い毛がある。これらの特徴はいずれも第二次性徴で,雄が生殖能力と高い適応度を持つことを雌にアピールする信号として働く。オランウータンでは若者時代にこれらの特徴が現れる。雄はだいたい7?9歳で思春期に達するが,その後数年間は,成体の雌とほぼ同じ大きさの「サブアダルト」として過ごし,外見的にはまったく目立たない。成体の雄の大きさになり第二次性徴が現れ始めるのは,12?14歳ごろである。少なくとも今までは,そのように考えられてきた。
 しかし,動物園のオランウータンを観察したところ,安定した社会集団を形成する例では,若い雄の中には成長が止まり,10代後半でもサブアダルトのまま成体にならない場合があることがわかってきた。1970年に東南アジアの熱帯林で研究したブリティッシュ・コロンビア州のサイモン・フレイザー大学のガルディカス(Birutκé M. F. Galdikas)らも同様の発見をしている。雄の中には若者時代に,発育が10年以上も止まってしまうものがある。これは雄の一生のうちで繁殖可能な年月の約半分にあたる。発育停止の期間は驚くほど個体差が大きい。まるで,同種の動物なのに妊娠可能期間が6カ月の個体から5年の個体までがいるようなものだ。
 この数年間の研究で,オランウータンの発育停止は病気ではなく適応的な進化戦略だと考えられるような結果が得られた。発育が停止した若い雄でも雌を妊娠させることができ,成体の雄に比べて体がずっと小さいので食物の量も少なくてすみ,雄同士のひどい争いに巻き込まれる危険性もない。けれども,発育を停止させる若い雄の戦略には,穏やかでない一面がある。彼らは繁殖の際に強硬手段に出る。つまりレイプをするのだ。