特集:日本人の肥満学
女性に広がる“肥満恐怖症”

詫摩雅子(編集部)
200211

日経サイエンス 2002年11月号

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日本での肥満人口は増える一方だが,若い女性は逆にやせ続けている。厚生労働省は「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」の中で肥満人口の増加に警鐘を鳴らす一方で「若い女性ではやせ(BMI<18.5)の増加が著しく,20歳代女性で20年前の14.2%から23.3%に増加していることから,15%以下にする」と数値目標を掲げて,若い女性の“やせ”を減らそうとしている。
 こうした国の思惑とは裏腹に,ダイエットの人気は根強い。書店に行けばダイエット本の棚があるし,女性誌は定期的にダイエット特集を組む。やせ願望の低年齢化も進んでいる。1998年度に日本学校保健会が行った調査では女子高生の9割近く,中学生では8割以上,小学校3?4年生でも4割がやせ願望を持っていた。
 男性との大きな違いは,女性は標準体重(BMIが22)以下でもやせたがる点だ。西南女学院短期大学の外山健二さんのグループが行った短大の女子学生1150人を対象にした意識調査によると,BMIが17未満の人の約2割,17台では半数近く,18台は8割近くがさらにやせたがっているという。
 なぜ必要以上にやせたがるのか?答は簡単だ。現代の日本女性にとって「やせている」は「美しい」と同じくらいプラスのイメージがある。メディアに登場するモデルや女優はBMIが18程度の人が多く,やせすぎの女性が美の見本になっている。さまざまな基準がある“美しさ”と違い,体重は数字として冷徹に現れ,努力次第で減らせると思えるところもダイエットに走る女性が多い一因だろう。
 将来のことも含めて健康でありさえすれば,やせているのも個性だ。専門家が危機感を抱くのは,栄養を考えずに食事を抜いたり,怪しげなやせ薬に手を出すなど,健康を無視したダイエットをする人があまりに多いからだ。
 無謀なダイエットというと,骨粗鬆症や貧血,将来の不妊など身体の健康だけを心配しがちだが,心のトラブルが隠れている場合もある。
 
やせて幸せになりたい
 男性でもやせたいと思う人はいる。だが,男女ではやはり違いがあるようだ。クラブ活動として標準体重を8kg以上オーバーした生徒の減量を指導してきた東京学館浦安高校教諭の大澤睦子さんによると,男子生徒は「標準サイズのズボンがはきたい」「騎馬戦の騎手になりたい」などを減量の動機に挙げる。太いままではかなえられない願望だ。女性でも「流行のファッションを楽しみたい」といった具体的な願いを挙げる人もいるが,大澤さんによれば「やせて幸せになりたい」などと「やせれば人生が変わると考えている人がいる」という。
 大澤さんは雑誌でダイエット相談の回答者もしていた。そこでは,「全員がなぜダイエットがうまく行かないか悩み苦しんでいた」。最初は相談者の自己流ダイエットが失敗する理由を説明していたが,本当の悩みはダイエットではなく,別にあると感じるようになった。「やせて幸せに」とは今の自分を否定していることに他ならない。

「やせたい」が心の病気に
 ほとんどの女性はダイエットをしていても,食べ物や体重のことを四六時中考えているわけではない。体重計や鏡を見てため息をつくことはあっても,それほど深刻にはならない。周囲に「ダイエット中なの」とあっけらかんと話せるし,お菓子の誘惑に負けることもしょっちゅうだ。
 だが,摂食障害という心の病気に陥ってしまった人ではこうはいかない。患者は「やせたい」と考えていること自体を恥じる。とくにドカ食いしては吐き戻す「過食症」タイプの患者は,食べ物への関心さえ隠したがる。慶應大学で精神科医として多くの摂食障害患者を診てきた水島広子さん(現在は衆議院議員)は,「患者の共通点は自己評価の低さ。本人はやせれば自信が持てるようになると言う」と話す。
 自信のない人ならば男性にもいそうだ。無謀なダイエットをしたり,摂食障害に陥るのはなぜ圧倒的に女性に多いのだろう?「女の子は『みんなに好かれる子に』と育てられ,それが刷り込まれている場合が多い。男の子はあまりそういうことはなく,狭い仲間内でも認めてくれる場が1つあれば自尊心は保てる」と水島さんは言う。
 極端な例として,水島さんはいわゆるオタクを挙げた。世間の目は冷ややかでも,仲間からは一目置かれる。摂食障害に陥るタイプの人は「誰からも好かれなくてはならない」と考えるから,オタクのような生き方はできない。
 水島さんは女性を「ダイエットをしたことのない人」「ダイエットはしたけれど摂食障害にならなかった人」「ダイエットを経て摂食障害になった人」の3グループに分けて,性格分析をしたことがある。性格を7つの因子に分け,それぞれの強度で表す手法だ。
 ダイエットをする人はしない人に比べて「新奇性追求」因子が高く,摂食障害患者はただのダイエット経験者に比べて「損害回避」因子が高かった。この2つは7つの因子の中で比較的,遺伝的影響が大きいとされている。
 新奇性追求は新しいもの好きで,普段と違うことをするのに抵抗が少ない。新しいダイエット法が紹介されると,すぐに飛びつくのは新奇性追求が強い表れだ。損害回避が強い人は失敗を恐れる気持ちが強い。「嫌われたくないから」と言いたいことを言い出せないのもこのタイプだ。
 新奇性追求は自動車のアクセルに,損害回避はブレーキにたとえられる。順調なときはブレーキを利かせながらも行きたい方向へ進むが,バランスを崩すと,エンジンは激しく回転しているのに踏みしめたブレーキのせいでまったく進まなくなる。この一触即発の車の状態が,ストレスをいっぱいに貯め込みながらも我慢してしまい,過食にはけ口を求める患者の心中だと水島さんは話す。
 摂食障害がやせた女性に価値をおく社会に特有の病気であることはよく知られている。だがそれだけではない。患者の典型例は「父親は猛烈サラリーマン,母親は専業主婦」で,両親たちのコミュニケーションは乏しいというタイプだという。夫婦に愛情がなくても,母親は経済的に自立していないため離婚もできない。夫に依存した不自由な母親を見て,母親とは違う自立した女性になりたいと思う一方で,他人から嫌われることが怖いので保守的な女性役割からも解放されない──。
 摂食障害は文字通り,身も心もボロボロにする。やせた女性をもてはやすメディアの責任は重大だが,周囲の期待に応えたい,みんなから好かれたいという気持ちが摂食障害に向かうなら,あまりにもつらい。