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素粒子物理の標準モデルでは,宇宙にある物質は12種類の素粒子の組み合わせでできているとされる。そのうちの6種類がクオーク,3種類がニュートリノ,残りは電子などだ。ニュートリノは他の粒子とほとんど相互作用しないため,今も正体がはっきりしないが,1cm3当たりに約300個が存在するとされ,宇宙に満ちあふれている。その正体がわかれば,宇宙全体の質量や宇宙の誕生の様子なども明らかになる可能性がある。
小柴氏が率いた東京大学宇宙線研究所のチームは,1983年に神岡鉱山(岐阜県神岡町)の地下1000mに観測装置カミオカンデを建設。1987年2月23日,大マゼラン雲の超新星爆発に伴って発生し,地球に飛来したニュートリノを世界で初めて観測した。最初にニュートリノを検出した時間は16時35分で,光学望遠鏡で見え始めた時間よりも3時間も早い。
そのエネルギーから爆発の規模を計算したところ,太陽のエネルギーを45億年分ためて500倍にしたものをわずか10秒間にすべて放出した結果になった。超新星爆発の様子がわかり,理論と突き合わせることができた。
ニュートリノ天文学を拓く
小柴氏が設計したカミオカンデは,3000トンの純水を貯えた水槽の内壁に約1000個のセンサー(光電子増倍管)が取り付けてある。ニュートリノ以外の素粒子の影響が少ない地下深くで,ニュートリノが光に近い速度で水に飛び込んだとき出る微弱なチェレンコフ光を検出する。
当初は,標準モデルが予測する陽子崩壊現象を確めるのが目的だった。原子核を構成する陽子は永遠に安定だと考えられていたが,寿命があるという説が有力になった。そのとき,陽子はパイ(π)中間子と陽電子に崩壊し,さらにパイ中間子は2つのガンマ線に崩壊する。
この様子をとらえようとしたが,思うような結果は得られず,太陽が放出するニュートリノの検出に切り替えた。観測を始めたのは1987年1月1日。その後1カ月半あまりで,超新星爆発によるニュートリノをとらえた。
方向転換のきっかけを与えたのが,共同受賞者であるデービス氏だ。米サウスダコタ州の鉱山の地下に設けた600トンのパークロロエチレンを満たした観測装置を使い,1969年に太陽ニュートリノを検出。核融合が太陽で起きていることを証明するとともに,その量が理論の予測値の約1/3しかないという結果をまとめた。
小柴氏はカミオカンデでデービス氏の結果を確かめようとし,超新星からくるニュートリノを観測。1988年に太陽から来るニュートリノの量が理論予測値よりも少ないことが確かめられた。しかも,デービス氏が観測できなかった飛来方向やエネルギーの大きさまで正確に検出している。これらの成果をきっかけに,光や電波などでなく,ニュートリノで天体や宇宙を観測する新しい天文学が始まった。
「弟子のノーベル賞」に期待
「カミオカンデを始めたのは自分だが,後を継ぐ若い者が育ってくれなかったら,こうした成果は得られなかった。うれしいのは教え子がみんな立派に育ったことだ」と話す。現在の夢は「弟子がノーベル賞をとること」だ。
カミオカンデはすでに役目を終え,現在はその後継機である「スーパーカミオカンデ」が活躍している。小柴氏の研究を継いだ戸塚洋二東大教授が中心になり,5万トンの純水が入った水槽の壁面いっぱいに並んだ約1万1146本の光電子増倍管で,1996年4月に観測を始めた。それから2年後,これまで質量の有無が大問題になっていたニュートリノに「質量がある」という観測結果を発表した。
ニュートリノには3種類あり,空間を飛んでいる間に,別の種類になってしまう「ニュートリノ振動」の証拠を見つけたのだ。この現象は質量がないと起こらない。このときは地球上空の大気から降り注いでくるニュートリノでの観測。さらに1999年6月には,茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構の陽子シンクロトロンでニュートリノを作り,スーパーカミオカンデに向けて発射する実験で,ニュートリノ振動を確認している。
2002年1月には,3代目に当たる「カムランド」が稼働した。東北大学の鈴木厚人教授を中心に設計され,スーパーカミオカンデで観測できるニュートリノの10%以下の非常に低いエネルギーの粒子も検出できる。福井県敦賀市の原発から出るニュートリノを観測,「99%まで確かめた」(戸塚教授)ニュートリノの質量問題に決着をつけるのが最初の狙いだ。
究極の目的は「ニュートリノ背景放射」の観測だ。ビッグバン1秒後の超高温の世界で,膨大なニュートリノができたとされている。ビッグバンが起きてから30万年経ち,宇宙が冷えて透きとおり始めたころに発生したマイクロ波の残渣(ざんさ)が観測されている。ニュートリノでも同じことが観測されれば,「宇宙誕生直後の様子がわかる」と小柴氏は期待する。
スーパーカミオカンデよりも20倍も大きい「ハイパーカミオカンデ」建設の構想が持ち上がっている。最初の目的である陽子崩壊の証拠をつかむ有力な武器になると戸塚教授らは考えている。小柴氏の「遺伝子」は脈々と受け継がれている。(編集部)