ノーベル化学賞
田中耕一 島津製作所ライフサイエンス研究所主任
小さな発見にひそむ大きな重み

日経サイエンス編集部
200212

日経サイエンス 2002年12月号

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田中氏らノーベル化学賞3氏の受賞理由は「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」。ヒトを含め多くの生物のゲノムが解読されたいま,生命科学の焦点はプロテオーム(生物がもつタンパク質の全体像)に移ってきた。遺伝子が作り出すタンパク質の姿と働きを明らかにし,生命の実像に迫る。研究は画期的な新薬開発につながり,私たちの健康に貢献する。経済的インパクトも大きい。
 3氏がそれぞれ開発したのは,こうしたプロテオミクス研究を支える分析手段だ。田中氏のソフトレーザー脱離法と,フェン教授のエレクトロスプレーイオン化法は,壊れやすいタンパク質分子を質量分析計で解析するための新技術。ビュートリッヒ教授は化学分析に広く利用されている核磁気共鳴(NMR)法を改良し,タンパク質に適用できるようにした。

タンパク質を壊さずイオン化
 田中氏が開発した手法は現在,「マトリックス支援レーザー脱離イオン化法」(MALDI;Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)として実用化している。
 質量分析計は原子・分子のイオンを電場や磁場の中に通し,その軌道や移動速度をもとに質量を割り出す仕組みだ。試料をイオンの状態にする必要があるが,タンパク質などの生体高分子の場合,これが難しかった。試料にレーザーを当ててイオン化する「レーザー脱離法」が知られていたが,タンパク質に適用すると分子そのものが分解して壊れてしまう。この壁を打開したのが田中氏の功績だ。
 きっかけは1985年の「偶然の発見」だった。田中氏は当時,島津製作所中央研究所の研究員として,先輩研究員の吉田佳一氏(現在はマイクロ化学プロセス技術研究組合に出向中)とともに,高分子試料に別の物質を混ぜたうえでレーザーを当てる実験に取り組んでいた。レーザーを効果的に吸収する媒質(マトリックス)の中にタンパク質を分散しておけば,マトリックスが急速に加熱されてタンパク質分子もろとも気化,タンパク質分子そのものは無傷のままイオン化する可能性があると考えた。

「まったくの偶然」
 マトリックス材として金属の微粉末や有機物などを試したが,いずれもうまくいかなかった。ところが,コバルトの微粉末に誤ってグリセリンをたらし,これをマトリックスとして使ったところ,うまくイオン化した。「まったくの偶然で,まさに瓢箪から駒」と田中氏は述懐している。
 こうして分子量4万8000程度のタンパク質分子の分析が可能になり,1987年に学会発表。当初はそれほど注目されなかったが,米国の研究者が強い関心を寄せ,翌年の論文発表につながったという。
 一方ではこの手法を組み合わせた質量分析計の開発を並行して進めた。イオンを電界で加速し, 検出器に達するまでの時間をもとに質量を割り出す飛行時間型質量分析法(TOFMS)というタイプで,1988年に製品化。1990年に米国のシティーオブホープ・メディカルセンターに納入された。
 田中氏が先鞭をつけたイオン化手法そのものは,その後,ミュンスター大学(ドイツ)のフランツ・ヒーレンカンプ教授が発展させた。マトリックス材から金属微粉末を除き,有機分子だけを利用する方法を使い,分子量10万程度のさらに大きなタンパク質のイオン化に成功(1988年)。現在ではマトリックスとしてグリセリンのほかニコチン酸やコハク酸など,数十種類の物質が知られるようになり,MALDI法として定着した。
 ペプチドからタンパク質,多糖類まで,どんな物質を分析するにはどのようなマトリックス材が適しているかも,しだいにはっきりしてきた。マトリックス材に応じてレーザーの波長も選ぶ必要があり,紫外域や遠赤外域のレーザーが使われている。
 分析対象試料の溶液とマトリックス材の溶液を混ぜ,基板に塗って乾燥させる。マトリックス材がモル比で試料の100倍から1万倍になるように調整し,1ナノ秒(ナノは10億分の1)程度のレーザーパルスを照射して瞬間的に加熱するのが一般的だ。分析対象の分子が中性のまま気化しても,同時にできたマトリックス材や不純物のイオンと作用することによって,イオン化が進むことも判明してきた。
 一方,共同受賞者のフェン教授によるエレクトロスプレーイオン化法は1988年に発表されている。こちらはタンパク質の溶液を小さな液滴にしたうえで帯電させるのがポイント。水が蒸発するにつれて液滴が縮み,最終的にはイオンが残る。MALDI法と並んで,現在では広く利用されている。

突破口を開くことの重さ
 こうして経緯を振り返ってみると,田中氏の功績はMALDI法の開発に突破口を開いた点にあることがわかる。ただ,田中氏によるとマトリックス材を混ぜるというアイデアは吉田氏の発案で,「私だけが受賞するのはアンフェアだと思う」とまでいう。とすれば,ポイントは1985年の「偶然の発見」に尽きることになる。
 金属微粉末と有機材料を意図して混ぜたわけではなかった。「捨てるのももったいないと思ったので実験してみただけ」と田中氏はいう。大学で学んだのが化学ではなく電気工学で,「(化学の)専門知識にとらわれずにやったのが良かったのかもしれない」。
 2001年に化学賞を受賞した白川英樹氏の場合も,よく似たエピソードがあった。大学院生が触媒の調合比率を間違えた結果,予想外に導電性の大きな高分子ができたという。白川氏はこれを見逃さず,後の研究につなげた。
 科学史をひもとけば,偶然の発見が成功に結びついた例はほかにもたくさんあるだろう。科学研究でも技術開発でも,いわゆるセレンディピティーが重要な役割を演じている(池内了「今こそ知の基盤確立を」12ページ)。
 田中氏のケースでは,ソフトなイオン化法を探るという目的は明確だったものの,実験は文字通りの手探り。また,後にヒーレンカンプ教授が金属微粉末を使わないやり方を完成させており,1985年の発見も“完全回答”からは少しズレたものだった。その意味でも,「小さな発見」だったといえるだろう。
 もしコバルトにグリセリンをたらすという偶然がなかったら,どうなっていたのだろう?
 また,田中氏の発見がなくても,ヒーレンカンプ教授はいずれMALDI法の開発に成功したのだろうか?こうした問いにはもはやあまり意味はなさそうだ。確かなのは,ヒーレンカンプ教授自らが1988年の論文で田中氏の発見を引用し,その重要性を認めている点だ。
 田中氏の「小さな発見」が突破口になったという事実は動かしがたい。「私だけが受賞するのはアンフェアだと思う」という発言は田中氏の謙虚な人柄から来ている部分も多分にあるに違いない。こうした「小さな発見」がきっかけとなって研究が進み,いかに大きな重みを持つようになりうるか,その劇的な実例が田中氏の化学賞受賞だといえそうだ。