特集:時間とは何か
技術
究極の時計を求めて

W. W. ギブス
200212

日経サイエンス 2002年12月号

10ページ
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主な要素技術が発展するにつれて,時間を極めて正確に計測する技術も目覚ましく進歩した。例えば,アジレント社が6万3000ドルで販売しているセシウム原子ビーム時計は1カ月に100万分の1秒も狂わない。その正確さを周波数精度で表すと5/1013に相当する。マイクロチップ大の安価な原子時計が開発されている。
 米国の一次周波数標準(標準時をつくり出す基準)は,米国標準技術研究所(NIST)が1999年にコロラド州ボールダーの研究所に導入した「原子泉方式」のセシウム原子時計だ。その周波数精度は1/1015(以下では単に「10?15」のように書く)だ。
 なぜ,時間を正確に計測する技術が急速に進歩してきたのだろうか。原子時計も他の種類の時計も,振動子が規則正しく振動し,計数器がその振動を数えて秒に換算するという点で,原理的には同じだ。セシウム原子に光が当たって最外郭の電子が光子を吸収すると,電子の磁場と対応するスピンが反転する。この効果を利用していることから,原子時計は量子力学的と呼ぶべきだろう。
 しかし,2005年をメドに国際宇宙ステーションに搭載される原子時計ではさらに精度が上がり,10?16をしのぐ正確さが期待される。正確さは3年以内に10?18に達すると物理学者は予測しており,10年足らずで1000倍の向上になる。
 それでも,正確な1秒をつくりだすには時間がかかり,原子泉時計でさえ,まだことを急ぎ過ぎている。観測時間を2倍に伸ばすには,時計の高さを今の4倍にしなければならない。宇宙ステーションでは,原子泉時計にかかわる3つのプロジェクトが計画されている。
 地上250?500kmの低周回軌道上では,微小重力のため,地上に比べて時計の進み方が遅れる。いずれのプロジェクトも,遅れが地上とどれだけ違うのかを99.99997%の正確さで測定するのが狙いだ。これによって,相対性理論が厳密に検証されることになる。また素粒子の標準モデルの検証にも役立つ。
 さらに正確さを追求すれば,本質的な限界に行き当たる。アインシュタインが相対性理論の中で指摘し,実験でも確かめられたように,時間は絶対的なものではない。どんな時計でも,強い重力が作用したり,観測者に対して高速で移動したりする場合には,進み方が遅くなる。電子がスピンの向きを変えたり,ある軌道から別の軌道へ遷移したときには1個の光子が放出されるが,これにも同じことが当てはまる。
 極めて精巧な時計を宇宙ステーションに載せることで,相対性理論をこれまでにないほど厳密に検証できると科学者たちは期待している。しかし正確さが10?18に達したら,逆に科学者が相対論的効果によって試されることになる。その水準では,宇宙の誕生から現在までの時間に対して0.5秒未満の誤差しか生じない。だが,これほどの正確さで世界中の時計を同期させるような技術は存在しない。
 すでに原子時計は時代遅れになりつつある。2001年8月,NISTのディダムズ(Scott A. Diddams)らのグループは,たった1個の水銀原子を使う光の原子時計(「光学時計」と呼ぶ)を稼働できたと報告した。相対性理論を厳密に検証できるほどの時計を開発するのは非常に難しいが,あくなき正確さの追求は今後も続きそうだ。(本文より)