肌の色が多様になったわけ

N. G. ジャブロンスキー
G. チャップリン
200301

日経サイエンス 2003年1月号

9ページ
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体表面のほとんどの部分がむき出しで,しかもその裸の皮膚の色にさまざまなバリエーションがあるのは,霊長類のなかでもヒトだけだ。地理学者や人類学者は,ある地域に昔から住んでいる人々の皮膚の色がでたらめに決まっているのではないことをかなり前から認識していた。皮膚の色の濃い人々は赤道近くに,薄い人々は極地近くに住んでいる傾向がある。
 長い間,皮膚の色が濃く進化してきたのは皮膚ガンを防ぐためだという説が有力とされてきた。しかし,新たな事実が次々と発見され,皮膚の色のバリエーションをこれまでとは違う観点から進化学的に解明しようとする研究が始まった。太陽光に含まれる紫外線(UV)は繁殖の成功のカギを握る栄養素に影響を及ぼすことがあり,この影響を一定の範囲に抑えようと自然選択が働いた結果,皮膚の色が決まることが,近年の疫学的,生理学的研究からわかってきた。

天然のUVカット剤
 チンパンジーの無毛部分の皮膚にはメラノサイトと呼ばれる細胞があり,紫外線にあたると暗褐色の色素メラニンをつくる。ヒトはほぼ全身の毛を失ったため,メラニンをつくる能力は非常に重要となった。天然のUVカット剤であるメラニンは大きな有機分子で,紫外線の悪影響を物理的・化学的に防ぐ。紫外線を吸収してエネルギーを減少させるほか,紫外線のダメージによって皮膚のなかに生じたフリーラジカル(反応しやすい活性酸素)を中和する作用もある。
 これまで,人類学者も生物学者も,熱帯に住む人の皮膚にメラニンが多いのは,皮膚ガンを防ぐためだと考えてきた。たとえば,カリフォルニア大学サンフランシスコ校のクリーバー(James E. Cleaver)は,日光にあたるとメラノサイトが壊れてしまう色素性乾皮症の患者は,扁平上皮ガンや基底細胞ガンになる確率が高いと報告している(どちらも比較的治療しやすいガン)。死亡率の高い悪性黒色腫は全皮膚ガンの4%程度だが,皮膚の色の薄い人にしかみられない。
 皮膚ガンと肌の色の濃さには確かに関係がありそうだが,進化の視点から考えると疑問も生じる。どの皮膚ガンもかなり年をとってから発病するのが普通で,生殖可能年齢を過ぎてからというケースがほとんどだ。となると,皮膚を守るためだけに色が濃く進化したとは考えにくい。一般に,生殖年齢以降のことがらは淘汰圧とはなりえないからだ。では,メラニンがヒトの進化において果たしてきた役割とはいったい何だろう?(本文より)