宇宙史のカギ握る銀河間ガス

E. スカナピエコ
P. プティジャン
T. ブロードハースト
200301

日経サイエンス 2003年1月号

10ページ
( 2.0MB )
コンテンツ価格: 700

天の川銀河系の彼方へと旅する宇宙旅行──それは,およそ想像できる限り最も空っぽな場所への旅となる。住み慣れた太陽系を後にすると,そこは無数の星にとり囲まれた星間空間だ。最も近い星でさえ何光年も離れており,ガスの密度は平均で1cm3あたり原子1個程度でしかない。しかし,その先にはもっと荒涼とした世界が広がっている。銀河円盤の外縁部に近づくと,星と星の平均距離は何十光年,何百光年となり,ガス密度は1/100に薄くなる。さらに私たちの銀河系を飛び出して巨大な漆黒の暗闇に入ると,周囲のガスはすでにガスとも呼べないほど薄くなる。平均密度は1cm3あたり原子105個ほどでしかない。 
 密度に関していえば,惑星間空間から銀河間空間へ出て行くのは水中から空気中へ飛び出していくよりも大きな差がある。旅の終着点となる宇宙の果てでは,「退屈」という言葉だけでは言い尽くせないような真の「退屈」が待ち受けている。実は天文学者でさえ,以前は銀河間空間についてほとんどまじめに考えていなかった。宇宙は惑星や銀河,ブラックホールなど魅力たっぷりの天体で満ちあふれているのに,どうして何もない「退屈」な場所のことをわざわざ取り上げる必要があるだろうか。
 だが,こうした考え方はだんだん変わってきた。どちらかといえば端役のような扱いだった銀河間物質(IGM; intergalactic medium)が,いまや宇宙の進化を考える上での主役と見なされるようになりつつある。
 銀河間物質の歴史は銀河そのものよりも古い。初期の宇宙では,すべての物質が高温ガスとなって空間を満たしていた。宇宙が膨張するにつれてこのガスの温度は下がり,やがて凝縮して現在の無数の銀河となった。一方,銀河になりそこねたガスはますます薄く広がっていった。
 こうしたことが明らかになってきたのはここ数十年の間だ。しかしその間も,天文学者たちは銀河間ガスの詳細はあまり重要でなく,銀河を誕生させた主人公は重力だと考えてきた。熱く電離した銀河間物質が冷えて中性の水素とヘリウムの混合気体になると,重力に逆らっていた力が失われてしまう。この結果,密度の高い領域には重力によってますます物質が集まり,密度が低い領域はますます密度を下げながら広がっていく。このような過程が現在までずっと続いてきたというのが,標準的な考え方だ。
 この描像にしたがえば,銀河やもっと大きな銀河団などの密度や分布,大きさなどは,宇宙初期のランダムな質量分布のみによって決まることになる。初期の銀河間物質に質量分布以外の複雑な性質が内在していたとは考えにくいが,仮にそのようなものが存在したとしても,その後の宇宙の本質的な部分には何の影響も与えなかったと考えられてきた。
 しかし銀河間ガスの性質が明らかになるにつれて,こうした単純な理論では説明のつかない新たな観測事実が続々と見つかった。その結果,銀河間物質の歴史はずっと複雑で,銀河間物質に生じたいくつかの大きな変化が宇宙の構造形成と密接に関係していると考えられるようになった。さらに,銀河間物質が細い筋や薄いシート状になって広がり,まるで銀河を結ぶクモの巣のように,巨大なネットワークを作り上げていることも発見された。
 こうした研究は最近活発になり,特にここ2年間で飛躍的な進展を見せた。しかし,ほとんど目に見えないものを研究するのは簡単ではない。天文学者たちはあたかも探偵のように,間接的な手がかりをかき集め,それらを注意深く組み合わせて銀河間ガスの謎を解き明かそうとしている。