技術で防ぐバイオテロ

R. カサグランデ
200301

日経サイエンス 2003年1月号

7ページ
( 1.9MB )
コンテンツ価格: 600

2000年5月,米国の政府高官たちは,7つの劇場がある複合施設デンバー・パフォーミングアートセンター(合計7000席)の中を漂う細菌の雲を観察していた。1週間後,問題の伝染病による死者と重態患者は数千人にのぼった。コロラド州の州境が閉鎖され,食料と医療品が不足しはじめた。医師や看護師が発病し,抗生物質が使い果たされたためにほとんどの医療機関が閉鎖された──。
 幸いこれは現実の出来事ではない。生物兵器によって攻撃された場合,何が起こるかをコンピューターでシミュレーションしたもので,政府高官が参加するのでトップオフ(TopOff)と名づけられた演習の一部だ。「バイオテロから市民を守るには,病気になった人が病院に次々と来てからでは遅すぎる」──この演習は,市の指導者にとって大きな警鐘となった。
 バイオテロの被害を最小限に食い止めるには,攻撃にいち早く気づくことが何よりも重要だ。現在,攻撃が始まった時点で政府高官に直ちに知らせる早期警報システムの開発が進んでいる。DNAや抗体を使って検知をするバイオチップや,致死性の微生物を嗅ぎつけることのできる「匂いセンサー(電子鼻)」などが応用されている。
 
攻撃されてもわからない
 細菌戦は誰にも気づかれないまま進行する。空中に浮かぶ細菌やウイルスなどの病原体の雲は,目に見えないうえ匂いもない。病原体を吸いこんでも,何日かたって発病するまで攻撃されたことに気づかない。患者を治療し,市民を感染から守るには,そうなってからでは遅すぎる。ほとんどの病原体の伝染力はあまり強くないが,感染に気が付かないまま,周りの人に病原体をうつしてしまう例は多い。
 幸い病原体には潜伏期間があるので,公衆衛生当局が患者を隔離して治療し,人々にワクチンを接種するくらいの時間はある。症状が現れる前ならば抗生物質で治療できるものが多い。だが,症状が出てしまってからでは,治療がおよばずに犠牲者が出ることもあるだろう。
 空中に散布される生物兵器には多くの種類がある。細菌やウイルスだけでなく,微生物がつくる毒素など,さまざまな形をとる。このため検知するのが難しい。極めて低い濃度でも殺傷力がある。健康な人は1分間におよそ6リットルの空気を呼吸するが,病原体によってはわずか10個くらい吸いこんだだけで発病してしまうものもある。短時間でも汚染地域にいあわせれば感染の危険がある。市民を守るには,空気1リットル当たり2個しかない病原体を検出するという,非常に難しい課題をこなさなくてはならない。(本文より)