数字に色を見る人たち
共感覚から脳を探る

V. S. ラマチャンドラン
E. M. ハバード
200308

日経サイエンス 2003年8月号

10ページ
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手でハンバーグの形をつくっただけで,マシュー・ブレイクスリーの口の中には,はっきりと苦い味が広がる。ピアノでドのシャープの音を弾くとエスメレルダ・ジョーンズ(仮名)には青い色が見える。ほかの音には違う色がついている。彼女にとってピアノの鍵盤は色分けされているも同然なので,譜面を覚えるのも演奏するのも簡単だ。ジェフ・コールマンの場合は,印刷された黒い数字にいろいろな色がついているように見える。5は緑,2は赤というふうに,数字によって色は決まっている。
 この3人は「共感覚」という特殊な感覚を持つ。だが,それ以外は普通の人とまったく同じだ。彼らはあたりまえの世界をあたりまえでない方法で経験する。ファンタジーと現実のはざまにある奇妙な空間に暮らしているかのようだ。彼らの触覚,聴覚,視覚,味覚などの感覚は独立しておらず,ごちゃまぜになっているのだ。
 近代の科学者が初めて共感覚について知ったのは1880年のこと。その年,ダーウィン(Charles Darwin)のいとこのガルトン(Francis Galton)が,Nature誌にこの現象に関する論文を発表した。しかし,ほとんどの人がインチキだとか,薬による幻覚だとか(LSDやメスカリンで同じ効果が起こる),たまたま珍しいことが起きただけだと相手にしなかった。
 しかし,4年ほど前から,共感覚の原因と考えられる脳のプロセスが明らかにされ始めた。そうした研究の過程で,人間の心の最もミステリアスな側面である抽象的な思考や隠喩,さらに言語がどのように出現したかについても新たな手がかりが得られた。