人工心肺が認知障害を招く?

B. スタッツ
200310

日経サイエンス 2003年10月号

8ページ
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先天的に欠陥のあった心臓弁を治す手術の間,私の心臓は止められ,そのかわりに人工心肺が体に血液を送っていた。手術は順調に終わり,1週間後には退院できた。2?3週間のうちに外出できるようになり,1カ月たつとスポーツジムにも通えるようになっていた。
 しかし,時おり,少々ぼんやりしたり,考えがまとまらなくなることがあり,何がなんだかわからなくなって途方に暮れることすらあった。医師から「手術のあと,しばらく軽い鬱状態になることがあります」と警告されていたが,この状態はそんな生易しいものではなかった。なにしろ,51歳にして突然,注意欠陥障害(AD)か初期の痴呆が始まったかのような症状に,長期間悩まされているのだ。
 この問題に対処しようと意識を集中させようとしても,それもできなかった。とにかく,考えられるようになりたかった。どんなことでもよいから,考えられるようになりたかった。
 その時は知らなかったのだが,私は外科医たちが内輪で「ポンプヘッド」と呼んでいる症状に苦しめられていたのだ。開心手術(私の場合は心臓弁手術)の際に人工心肺を装着した患者には,手術後に後遺症として軽い痴呆に似た症状が出ることがある。これをポンプヘッドというが,まさしくぴったりの名前だ。そのほかにも,記憶がところどころ失われたり,社会生活を送るのが困難になったり,性格が変わることもある。
 手術直後に検査を受けた患者のエピソードや,雑誌に発表された報告から,長い間このポンプヘッドの存在が疑われていた。しかし,最近行われた5年間の追跡調査で,知的能力が術後数カ月で回復したように見えても,あとから症状が悪化することがしばしばあり,それが何年も続く例があることがようやく証明された。
 世界各地で,人工心肺は冠動脈バイパス術の際に血液に酸素を供給する手段として年間90万もの症例に使われている。このように広く使われている人工心肺が,ポンプヘッドの犯人なのだろうか?