特集:ナノマシンを創る
生体超分子が実現する未来の電子素子

山下一郎
200311

日経サイエンス 2003年11月号

6ページ
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 生物を観察すると,その形態や生態の多様さに驚かされる。しかも,非常に巧みな能力を持っている。生物は細胞の集合体だが,それはさらに小さなタンパク質やリン脂質膜,糖鎖,核酸などでできている。こうした生体分子が自動的に集合して超分子になり,さらに段階を経て組み上がっていったものが生物だ。
 生物はこうした超分子を操って現在の工業技術では不可能なさまざまな機能を実現している。超分子はナノメートルサイズのマシンで,生物はそれらの巨大な集合体だ。地球上で最も成功しているナノテクといっても過言ではないだろう。進化の過程で生物が手に入れたナノテクから学ばない手はない。
 現段階では,タンパク質のような有機物よりも無機材料のナノ構造を作る技術の方が産業的な利用価値が高い。私たちが提案するように,バイオミネラリゼーションをうまく利用すると,この課題を克服できる。脊椎動物の骨や甲殻類の殻が作られていく優れた仕組みがバイオミネラリゼーションだ。
 まず,内部に空洞のあるタンパク質に無機材料を取り込ませる。次に自己組織化を利用して,おもちゃのブロックを組み上げるように無機材料とタンパク質を精密に配置する。最後にタンパク質を取り除いてやると,無機材料のナノ構造ができあがる。私たちはこの手法を「バイオ・ナノ・プロセス」と名づけた。
 私たちはフェリチンと呼ばれるタンパク質超分子を使って,大きさや形の揃ったナノサイズの粒子を作り出すことに成功している。鉄のほかにも,ニッケルやコバルト,クロム,銅などをフェリチンに取り込ませて金属化合物のナノ粒子を得ている。還元処理して導電性にすれば,電子を閉じ込める量子ドットとして最適だ。ドットの大きさによって,電子のエネルギー状態を簡単に変えられることから,さまざまな電子デバイスの基本素子として利用できる。フェリチンの自己組織化を利用することで,ナノ金属粒子の二次元結晶を得ることに成功した。さらに複雑な構造を作りたいと考えている。
 人間が意図して設計し作ったものがマシンだと思われているが,特定の仕事をする複雑な分子システムもマシンと考えてよいのではないか。私たちをはじめ,ナノマシンを作るのではなく,この実在する生体分子マシンを“利用”することで,さまざまな微細構造を作る技術を確立しようとする動きが世界的に広まりつつある。それはドレクスラーが夢見るアセンブラーを形を変えて実現しようとしているといえるかもしれない。