ホログラフィック宇宙

J. D. ベッケンスタイン
200311

日経サイエンス 2003年11月号

10ページ
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 「ホログラフィック原理」と呼ぶ理論によると,宇宙は1枚のホログラムに似ている。ホログラムが光のトリックを使って3次元像を薄っぺらなフィルムに記録しているように,3次元に見える私たちの宇宙はある面の上に“描かれた”ものだ。はるか遠くの巨大な面に記録された量子場や物理法則と,私たちの宇宙とは完全に等価だ。
 ブラックホールの研究を通じて,ホログラフィック原理の正しさを示す手がかりが得られた。常識に反して,ある空間領域のエントロピー(情報量)は,領域の体積ではなく表面積によって決まることがわかった。この驚くべき発見は「究極理論」を目指す研究のカギになるだろう。
 物質がブラックホールに落ち込んで消え去るとエントロピーも永久に失われ,熱力学の第2法則が破れてしまうように見える。私(ベッケンスタイン)は英ケンブリッジ大学のホーキング(Stephen W. Hawking)らの研究成果にヒントを得て,「ブラックホールは事象の地平面の面積に比例したエントロピーを持つ」と1972年に提唱した。さらに一般化すると,ブラックホールの全エントロピーとブラックホール外にあるエントロピーの総和は決して減少しない。これが「一般化第2法則」だ。
 この考え方を発展させると,ホログラフィック原理にたどり着く。例えば3次元の物理過程を,その2次元境界面について定義された別の物理法則によって完全に記述できるとする考え方だ。近年の理論研究によって,宇宙をホログラフィックととらえる考え方は定着したように思える。これに伴い,物理現象を記述するには場の理論が最上であるという過去50年にわたる基本的な信念を放棄せざるを得ない,と考えられるようになってきた。