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オランダ南東部のデ・ホーヘ・フェルウェ国立公園。オランダ生態学研究所のフィッセル(Marcel E. Visser)の調査結果によると,昨年のシジュウカラの産卵時期は,1985年とほとんど同じだった。これは一見,何の問題もないように思える。だがこの間にこの地域の春の気温は上昇し,特に春の半ば(4月16日から5月15日まで)は2℃上昇した。そしてシジュウカラの産卵時期には変化がないのに,ヒナのおもな餌となるエダシャクという蛾の幼虫には温暖化の影響が見られた。
幼虫の数,つまりヒナへの餌の量のピークは,1985年に比べると2週間も早まった。以前は卵からかえったばかりのヒナが最も餌を必要とする時期と,この幼虫のピークは完全に一致していた。ところが現在は,ほとんどのヒナが孵化し終わるまでに,幼虫はピークを過ぎ,食料がなくなりつつある。最も早く卵からかえったヒナだけが幼虫にありつける。
食物連鎖において,時間的なずれが生じてしまった(フィッセルはこれを「断絶」と表現する)のは,シジュウカラとエダシャクばかりではない。フィッセルは,エダシャクとその食料であるナラの柔らかい若葉の関係まで食物連鎖をたどった。エダシャクの幼虫の孵化がナラの芽吹きの時期とほぼ同時に起きないと,幼虫は生き残れない。芽吹きよりも5日以上前に卵からかえった幼虫は餓死してしまう。また,芽吹きから2週間以上たつと,葉はタンニンを含むようになり,幼虫はこれを食べられず,やはり餓死する。
フィッセルはデ・ホーヘ・フェルウェ公園でのナラの芽吹きが20年前よりも約10日早まっていることを明らかにした。幼虫の孵化は15日早まっているから,ナラの変化よりも差し引き5日,早くなりすぎたことになる。1985年の時点ですでに幼虫の孵化は芽吹きよりも数日早かったので,現在,幼虫は平均して約8日も食料を待たなければならない。
これまでの調査によれば,デ・ホーヘ・フェルウェ公園のエダシャク数は減少している。しかし,幼虫の個体数には周期的な増減があり,フィッセルのデータがこうした自然の増減ではないとは言い切れない。
エダシャクの幼虫とシジュウカラのヒナとに時間的なずれが生じたせいで,シジュウカラの個体数が変化していないだろうか?これまでのところ確認されていない。フィッセルによれば,これは,冬にとれる餌の量などといったさまざまな要因による通常の変動が,温暖化の影響をこれまでのところ上回っているためだろうという。だが,タイミングが極めて重要な生態系では,食物連鎖の断絶が進めば,その影響が表れざるを得ないとも言う。フィッセルはシジュウカラについて「個体数の減少は時間の問題だ」と話している。
最も懸念されるのはデ・ホーヘ・フェルウェ公園のシジュウカラが減少の危機に直面していることではなく,その減少が,他の多くの生物種も危機に瀕していることを示唆している点だという。「他の食物連鎖を調べれば,同じことが見つかるだろう」。