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ゲノムの中には「遺伝子の残骸」とか「遺伝子の化石」などと呼ばれるDNA配列がある。もとは遺伝子として働いていたのに,何らかの原因でタンパク質をつくる機能を失ってしまったもので「偽遺伝子(pseudogene)」といわれる。しかし,私たちはある偽遺伝子が重要な役割をもつことを発見した。これは従来の常識を覆すもので,発見した私たち自身驚いている。
偽遺伝子ができあがった経緯を考えると,最初はまちがいなく「機能をなくした遺伝子の残骸」だったはずだ。面白いことに,哺乳類はショウジョウバエや線虫に比べて偽遺伝子の数が格段に多く,哺乳類の中でもヒトとマウスでは数に大きな違いがある。いわゆる“高等”な生物ほど偽遺伝子が多くなる傾向があるようなのだ。私たちの発見を紹介しながら,偽遺伝子をめぐる進化の不思議さをお伝えしたい。
偽遺伝子とは,一言でいうと,機能を失った遺伝子のことだ。かつてはタンパク質の設計図だったはずだが,塩基の置換や欠失のために,もはやタンパク質はつくれなくなってしまったと考えられる。そのでき方から大きく2つのタイプがあるが,私たちがここで取りあげているのは,いったんRNAに転写され,スプライシングもされたmRNAが逆転写によってDNAに戻り,ゲノムに挿入されたタイプだ。こうした逆転写挿入タイプの偽遺伝子は独特の構造をしているので,見つけやすい。
2001年3月に,ヒトゲノムの大まかな概要配列が公表された。その結果,ヒトゲノムでは遺伝子の領域はごく一部であり,それよりはるかに大きな領域が「ジャンクDNA」で占められていることが明らかになった。
私たちは,非遺伝子領域の構成要素である偽遺伝子がある役割を担っていることを発見した。いわば機能をもっているのだ。偽遺伝子は「機能を失った遺伝子の残骸」だから“機能をもつ偽遺伝子”とは妙な表現かもしれない。ここでいう“機能をもつ”とは,もとの遺伝子としての機能を取り戻したのではなく,偽遺伝子になってから,二次的に新たな役割を獲得したものだ。
実は最初から偽遺伝子を目標として研究していたわけではなく,マウスの遺伝子を調べようとしているうちに,役割をもつ偽遺伝子にたどり着いた。この偽遺伝子が働かなくなると,マウスに目で見てもわかる変化が生じるのだ。発見に至る経緯を紹介しよう。