特集:生命を支えるRNA
ゆっくり急ぐ日本の企業

宮田満
200501

日経サイエンス 2005年1月号

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 RNA干渉を使った医薬品開発に名乗りを上げている日本の企業はそれほど多くない。しかし,だからといって,日本が遅れているわけではない。潜在的な力を見ると,日本はむしろ進んでいるかもしれない。その理由を説明していこう。
 
患部に薬を届ける難しさ
 RNA干渉を利用した治療薬としては,アキュイティ・ファーマスーティカルズ社やサーナ・セラピューティックス社,アルナイラム・ファーマスーティカルズ社(いずれも米国)などが臨床試験やそれに近いところまでこぎ着けている(「走り出すRNA干渉ビジネス」を参照)。だから,一見,米国が進んでおり,日本は遅れているように思えてしまう。しかし,適応症がいずれも「加齢性黄斑変性症」である点に注意してほしい。
 黄斑変性症は目の網膜で最も視細胞が集中している黄斑部が損なわれてしまい,急激に視力が低下する恐ろしい病気だ。米国では失明のおもな原因となっていて,患者は200万人もいる(日本でも近年増加傾向にあるが,患者数は年間数万人程度)。そういう意味では,製薬メーカーにとっては市場の大きな疾患といえる。
 だが,各社とも加齢性黄斑変性症をRNA干渉薬の第一歩としたのには,もっと大きな理由がある。それは患部に直接注射できるという点だ。つまり,薬を患部の細胞内に届けるという「ドラッグデリバリー(薬物送達)」の問題を回避できるのだ。逆に,まだこの問題が十分に解決できていないから,黄斑変性症が選ばれたといえる。
 ドラッグデリバリーがいかに難題かは,あれほど期待されたアンチセンス薬で,結局,承認までこぎ着けたのは米アイシス・ファーマスーティカルズ社のヴィトラヴィーンだけだったことが端的に示している。これはサイトメガロウイルス網膜感染症の予防薬で,やはり目に直接,注射する。
 
数少ない成功例は日本発
 ドラッグデリバリーの問題をクリアしながら,動物実験で成功した例は世界的に見てもそれほど多くない。その数少ない例の1つが中堅製薬メーカーである日本新薬によるマウスを使った実験だ。
 実験的に転移性の肝臓ガンにしたマウスに同社の開発したRNA干渉薬を投与したところ,何もしない場合は60日で死亡するのに対し,100日後にも半数以上が生き延びていた。
 この実験では,対象疾患がガンであったことにはそれほど大きな意味はない。重要なのは,尻尾から静脈注射によって投与したにもかかわらず,内臓の疾患に効果があったという点だ。培養細胞レベルではなく,生体に対してもRNA干渉薬が有効であることを示した画期的な成果といえる。
 この実験ではドラッグデリバリーの要となるベクター(運び手)にはカチオニックリポソームを使っている。これは正電荷を帯びた脂質の二重膜で,細胞膜と融合しやすい性質がある。一部の遺伝子治療ですでに使われているが,日本新薬は毒性がなく,投与しやすいタイプを独自に開発した。
 さらに日本新薬はpolyI:polyCと呼ばれる二重鎖RNAをつくる技術ももっている。優れたベクター技術と核酸合成技術の両方を備えていることが,最大の強みであり,有利な点だ。
 ベクターには改変ウイルスを使う方法もあり,遺伝子治療では今でもそちらが主流だ。だが,レトロウイルスベクターは2002年にフランスで,アデノウイルスベクターは1999年に米国で副作用の例が報告されている。こうなると,適応疾患はそのリスクに見合う深刻なものに限られてしまう。
 
デリバリー以外の難題
 RNA干渉が遺伝子の発現を抑える非常に有力な方法であることについては,もはや何の異論もない。その効力は一世を風靡したアンチセンスの少なくとも50倍から100倍はある。ということは,1/100?1/50の投与量で同じ効果が期待できることになる。経済的にも副作用の心配からも,これは素晴らしい点だ。
 ただ,薬剤として使う場合には,ドラッグデリバリーの問題以外にも,クリアしなければならない課題がある。
 日本新薬が動物実験で成功を示したpolyI:polyCはもともとはインターフェロンを誘導する物質として開発されたものだ。ある程度以上の長さをもつ二重鎖のRNAが細胞内にあると,細胞はウイルスに侵入されたと認識し,インターフェロン系の防御システムを発動する。これによって細胞はウイルスごと死滅する。
 RNA干渉薬として使用する場合,インターフェロンを誘導しないことが重要となる。このためには,二重鎖RNAの長さを短くしなくてはならない。通常の核酸合成技術では,薬として使えるほどの精度で長さをそろえることはまだできていない。
 薬剤として商品化するとなると,最低でもキログラム単位で生産する技術と体制が必要となる。幸いなことに,日本は核酸合成技術に関しては世界的に見ても進んでいる。これも有利な点の1つだ。
 薬として使うならば,効果だけでなく,副作用のことも考えなくてはならない。RNA干渉は標的となる遺伝子の塩基配列を認識して働くが,別の遺伝子の発現を抑えてしまう危険性もある。薬として使うsiRNAの標的配列を予測する技術が必要となる。これに関しては,東京大学の西郷薫教授や森下真一教授などがかかわるベンチャー企業RNAi社が最近優れたアルゴリズムを開発した。これによって,効果があって,副作用の少ないRNA干渉薬の設計が容易になるだろう。
 設計・合成・ドラッグデリバリーといった薬剤をものにする上で重要な要素技術で,日本は後れをとるどころかむしろ有利な立場にある。製薬会社は保守的な傾向があり,アンチセンスの苦い思い出もあるので,日本のおもな製薬企業は様子を見ている状態だ。とはいえ,要素技術の開発・改良は進んでいる。「虎視眈々と,ゆっくりと急いでいる」といった状況だろう。