心臓再建への道
組織工学で心筋梗塞の治療に挑む

S. コーエン
J. レオール
200502

日経サイエンス 2005年2月号

9ページ
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 心臓を動かしている心筋細胞には,皮膚や肝臓の細胞のような再生能力がない。そのため,心筋梗塞によって傷ついた心臓は時がたっても回復することはなく,機能は徐々に衰えていく。壊死した心筋細胞は電気信号を伝えることができず,周囲の健康な心筋細胞に負荷がかかって,梗塞領域はますます拡大してしまう。発作による危機を乗り越えたものの,半数以上の人は心不全に陥る。現在のところ,こうした悪化を防ぐ方法は心臓移植しかないが,すべての患者の命を救うという点では現実的な治療法とはいえないだろう。
 そこで注目されているのが,組織工学の技術を生かして細胞を再生させる治療方法だ。著者らは海藻に含まれるアルギン酸を足場にして,心筋細胞を培養する方法を開発した。アルギン酸は98%の水分を含むハイドロゲルだが,凍結乾燥法によって多孔質の硬い足場を作ることが可能だ。多数の孔は血管の新生を誘導する際にも役立つ。足場は生体に移植すると数カ月で溶解する。
 こうした足場を使って再構築した心筋組織(心筋パッチと呼ぶ)を,梗塞で壊死した部分に移植し,心筋の再生を目指す研究も進んでいる。著者らはラットでの実験を行い良好な結果を得た。心筋パッチの作製では,このほかにもさまざまな方法が検討されており,将来は心筋梗塞の有望な治療法として期待されている(コーエンらの研究のほか,東京女子医科大学などのグループが開発している細胞シート工学の成果についても伝える)。