気配りできるコンピューター

W. W. ギブズ(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)
200504

日経サイエンス 2005年4月号

9ページ
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コンテンツ価格: 600

 電話機からコンピューター,交通信号機,果ては冷蔵庫や額縁に至るまで,人間は約30億に及ぶ物とネットワークを形成している。こうした物は生活を便利にし,人とその人が気にかけている物事とを常時結びつけている。会議や仕事に集中したいのなら,電話機を外し,メールソフトを落とし,部屋の扉を閉めればよさそうなものだが,実際はなかなかそうはいかない。耐えるしかないのだ。
 MITメディアラボの認知科学者ピカード(Rosalind Picard)は「邪魔が入るたびに,生産性は低下する」と言う。人間は処理すべき作業の一覧表を頭の中に持っていて,それを維持管理することで仕事や日常生活で必要となる無数の作業をさばいている。ファーマン大学のアインスタイン(Gilles O. Einstein)の実験によれば,ほんの15秒間他のことに気を取られるだけで,ほとんどの人が行うべき作業の一部を忘れてしまうという。
 予期しない邪魔が入ると,作業の効率が低下するだけでなく誤りが増えることが多くの研究からわかっている。「欲求不満が徐々に累積していき,そのストレス反応のために注意を集中するのが困難になるようだ」とピカードは研究報告の中で述べている。問題は単に生産性の低下や生活ペースの乱れにとどまらない。操縦士や運転士,兵士,医師などの場合,不注意による誤りは重大な危険に直結しかねない。
 「人間の注意力や記憶力には限界がある。その点を考慮してコンピューターや電話機を設計するだけで,もっと思慮深く礼儀をわきまえた機器ができる」とマイクロソフトリサーチのホービッツ(Eric Horvitz)は言う。現在のコンピューターや電話機,自動車などの機器は自己中心的で気が利かない。ホービッツやセルカー,ピカードらはそうした機器を,察しがよくて思いやりのある同僚のような態度をとれるものにしようと研究している。こうした分野の研究者はまだ少ないが,着実に増えつつある。
 人にやさしい機器を実現するには,センシング,推論,伝達という3つの技術が必要だ。まず利用者がそばにいるかどうか,いるなら何をしているのかを検知あるいは推論する。次に,利用者の行動に割り込んでまでメッセージを伝える価値があるかどうかを評価する。最後に,メッセージを伝えるのに最も適切な方法と時期を選択する。