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極微の世界で起こる量子力学の奇妙な現象を,より大きな世界で引き起こすことが可能になってきた。物質の波動性をはっきりと見せてくれるボース・アインシュタイン凝縮体(BEC)が代表例だ。数十万個の原子が同一の量子状態となって凝集したもので,1995年に実際に作り出された。
しかし,BECの生成は一筋縄ではいかない作業だ。古典的な原子気体が凝縮体へと相転移を起こす温度は非常に低く,通常は100万分の1K以下だ。原子を真空容器に入れて隔離し,磁場によって空中に浮遊させて冷やす必要がある。従来の実験では,強い磁場を発生する大きな電磁石を真空容器の周りに並べるのが常だった。
これに対し,マイクロチップが作り出す磁場を利用する新しい方法が登場した。コンピューターに使われているような半導体チップの表面には複雑な微細配線が縦横に走っている。これらの配線に電流が流れると,磁場が生まれる。チップから離れた場所では磁場は測定できないほど弱いが,チップ表面から100μm 以内では磁気トラップとして十分に使える強さになる。
こうした“原子チップ”は従来の磁気トラップよりもずっと小さく,消費電力は数千分の1で済む。短時間でBECを生成でき,従来装置に比べて真空度が低くてもよい。これまでに凝縮体をチップ上で操って移動させることにも成功している。
レーザー光を干渉させる干渉計のように,凝縮状態の原子でできたビームを重ね合わせる原子干渉計が可能になる。飛行機や船舶の航行を支援する超高精度のセンサーなどに応用でき,量子コンピューターの実現にもつながるだろう。