絶滅の縁に立つ野生のウマ

P. D. モールマン
200506

日経サイエンス 2005年6月号

8ページ
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人類の祖先が初めて洞窟に壁画を描いたころから,野を駆けるウマの美しさは人々を魅了してきた。約2万年から2万5000年前のこの時代には,ウマはアフリカやアジア,南北アメリカの草原で最も数が多く,生態学的にも重要な草食動物の1つだった。現在では,野生のウマ科動物はロバ3種,シマウマ3種,野生ウマ1種の合わせて7種しか残っていない。国際自然保護連合(IUCN)はそれらのほとんどを絶滅危惧種に分類している。
 歴史的にみても重要なこれらの動物たちは,年々生息数が減少している。そのため,国際自然保護連合で私が議長を務めているウマ科動物専門家グループを含め多くの生物学者が,野生ウマの生態についてできるだけ多くの知識を得ようと研究を進めている。また私たちは野生ウマの絶滅を食い止める方法を検討し,必要な対応策の優先順位を決定した。
 私たちは野生ウマの社会構造を2種類のパターンに分けている。これはドイツのブラウンシュワイク大学のクリンゲル(Hans Klingel)による研究にもとづいている。どのウマも高い木のない開けた土地に暮らしているが,その生息地は不毛な砂漠から適度な雨に恵まれた草原までさまざまだ。
 もともとウマは群れをなす性質がある。ウマが餌探しや交尾,子育てのために作る集団の形態は,餌や水がどのくらい簡単に手に入るかによって決まる。
 タンザニアのセレンゲティ平原などの草原は餌や水が豊富で,複数のメスが一緒に餌を食べることができるので,安定した群れが作られる。オス1頭が群れに近づく他のオスを撃退し,すべてのメスに対する独占的な交尾権を持つ。この構造は「ハーレム」または「ファミリー」と呼ばれる。
 一方,エチオピアとエリトリアにまたがるダナキル砂漠などの乾燥した環境では,餌やわずかな水を得られる場所はまばらにしかないため,メス同士がすぐ近くで餌を食べたり安定した群れを作ったりすることはできない。おとなはそれぞれ自力で餌を見つけ,オスは重要な水場や餌場の近くになわばりを作る。そうして水や餌を求めてなわばりに近づいてくるメスすべてに対する交尾権を独占する。