少ない遺伝子でも大丈夫
多重活用の巧妙なしくみ

G. アスト
200507

日経サイエンス 2005年7月号

10ページ
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2001年の夏にヒトゲノムの概要配列が公開され,タンパク質をコードしている遺伝子の数は3万?3万5000個と解読チームが発表すると,ほとんどの人が驚いた。ヒトという生物の複雑さを考えれば,1000個ほどの細胞からなる線虫(遺伝子数1万9500)やトウモロコシ(遺伝子数4万)よりもずっと多いに違いないと考えられていたからだ。ヒトの遺伝子がこんなに少ないことを屈辱的に感じる人さえいた。それから数年の間にヒトゲノム地図が完成すると,遺伝子数の見積もりはさらに減り,2万5000個以下と訂正された。
 しかし同じころから,遺伝子が少ないのは,むしろヒトが高等な生物である証なのかもしれないと考えられるようになってきた。なにしろヒトは,こんなに少ない遺伝子から信じ難いほど多様な機能を引き出せるのだから。
 複雑な生物の遺伝子に蓄えられている情報は,「選択的スプライシング」と呼ばれる機構によって編集され,1つの遺伝子から複数の異なるタンパク質がつくられることがある。ゲノムどうしを比べてみると,ヒトはチンパンジーやマウスなどとよく似た遺伝子のセットをもつが,種の違いのかなりの部分が選択的スプライシングで説明できることがわかってきた。また,1つの生物体が同じ少数の遺伝子をもとにさまざまな組織をつくり出し,多様な機能を発揮できるのも選択的スプライシングのおかげだ。
 実際,選択的スプライシングは,生物の複雑性が増すにつれて頻繁に見られるようになる。ヒトでは,全遺伝子の少なくとも3/4が選択的スプライシングを受ける。この機構そのものが,複雑性の進化に貢献してきたのだろうし,これからのヒトの進化を進めていく原動力にもなるのだろう。もっと短い時間スケールで見ると,スプライシング時のエラーがガンや遺伝性疾患を引き起こしていることも知られている。その仕組みの解明やスプライシング機構を治療に応用する方法も研究され始めている。