現実味を帯びる歯の再生

P.T.シャーブ(ロンドン大学)
C.S.ヤング(ハーバード大学)
200511

日経サイエンス 2005年11月号

10ページ
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 歯が抜けたり,治療が必要になったりすると,初めて歯のありがたみを実感する。しかし,対処法はごく限られている。抜けたままで我慢するか,人工物で置き換えるかだ。欧米では成人の約85%が歯科で治療を受けており,17歳までに7%の人が1本以上の歯を失っている。4本の親知らずを含めると通常32本の歯があるが,50歳以上では失われた歯の本数は平均12本にもなる。
 最も理想的な治療法は,患者自身の組織から本物の歯をつくり出して,本来あるべきところに再生させることだ。近年,こうした歯の再生はすでに夢ではなく,現実味を帯びてきている。どのようにして歯をつくるか,という点がすべて解決したわけではないが,抜けた歯の代わりに新たに歯を成長させて使おうという試みは,幹細胞生物学と組織工学を融合させることによって大きな進展が見られた。
 歯の再生研究は,歯を必要としている人たちの希望となるだけではない。臓器が病んだときに,新たに再生させた臓器で置き換えようという再生医療の試金石となるだろう。再生医療の立場からすると歯は非常に研究しやすい利点が2つある。1つは,比較的簡単に入手できること。もう1つは,QOL(生活の質)を高めるのには重要だが,生命に不可欠ではないことだ。再生臓器を実際に応用する方法を模索している現時点では,他の臓器に先駆けて,歯によってさまざまな技術的可能性が試されることになるだろう。生命に必須の臓器では,臨床での失敗は許されない。だが歯ならば,たとえ失敗したとしても患者の生命を脅かすことはなく,入れ歯などの従来からの治療法でやり直すことができる。
 これは,歯の再生が簡単だといっているのではもちろんない。歯を含め,臓器ができるという複雑なプロセスは,長い進化の果てに確立したものだ。再生医学は,この発生過程をなぞるものといえる。胎児の身体の中で,遺伝子の発現を緻密にコントロールして行われている過程を複製するのだ。どうやって歯をつくればいいのかを知るには,どうやって歯ができてくるのかを観察するところから始めるのがいいだろう。