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1995年にデンバーにある米国立ジューイッシュ医学研究センターのクップファー(Abraham Avi Kupfer)は記念すべき発表をした。集まった数百人の免疫学者を前に驚くべき研究成果を披露した。免疫細胞が互いに作用しあっている様子を初めてとらえた三次元画像を公表したのだ。聴衆が息をのんで見守る中,クップファーは2個の細胞が接触したところにタンパク質が集まって矢の的に似た同心円のパターンをとっている画像を次々に見せた。
参加した科学者にとって,その画像は明解だった。彼らはそれが示すものを即座に理解した。神経の情報伝達ネットワークでは,ニューロン間の接続部分に「シナプス」が形成される。これと同じように,免疫細胞どうしの接触部位にもシナプスができ,タンパク質が特定のパターンになるように集まっていたのだ。細胞どうしをくっつける役割をする一群のタンパク質は外側のリングをつくり,細胞間のコミュニケーションを担当しているタンパク質は輪の中心部に集まっている様子がはっきりと画像に映し出されていた。
免疫細胞は病原体を探し出し,それに対処する過程で,情報をやりとりしたり記憶したりする必要がある。そこで以前から,情報伝達のエキスパートである神経系の細胞と似たメカニズムで免疫細胞も“会話”しているのではないかと考えられていた。そして,とうとう,その説を裏付ける証拠が得られたのだ。クップファーがこのスライドショーを終えたとき,聴衆の拍手はなかなか鳴り止まず,ようやく収まった後には,質問が相次いだ。
しかし,あれから10年たった現在も,免疫細胞が形成するシナプス構造にはまだ多くの疑問が残されている。シナプスの構造はどのようにしてできるのか。その形成を支えるメカニズムは何か。そして,シナプス構造はどのようにして細胞間のコミュニケーションを調節しているのか。もし,シナプス構造がきちんとできないことが病気につながるのなら,そのプロセスはどのようなものだろう。さらには,病原体がこの機構を逆手にとって,悪用している例があるのではないか。
免疫シナプスの発見と現在進行中の研究を支えているのは,高解像度の新しい顕微鏡技術とコンピューターによる進んだ画像解析法だ。思考や触覚,さらには血中ウイルスの検出まで,神経細胞と免疫細胞の働きにはすべて,よく似た分子配置からなるシナプスが必要であることがわかってきた。その考え方が免疫を理解する上での注目すべき新しい基盤となりつつある。