痛みを抑える新薬開発の最前線

A. I. バスバウム
D. ジュリアス
200609

日経サイエンス 2006年9月号

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現在使われている一般的な鎮痛薬は,何百年前の民間療法がもとになっている。アヘン剤はケシから,アスピリンはヤナギの樹皮から得たものだ。アスピリンの鎮痛効果には限界があり,激痛には効き目がない。アヘン剤はさらに強力な薬だが,これもすべての人に効くわけではないし,副作用や耐性の問題もある。痛みに苦しむ人にとっても,研究者や医療関係者にとっても,効果が高く副作用の少ない鎮痛薬の開発は長年の夢だった。近年,神経生物学の進歩によって,痛みを起こす刺激に反応する分子が解明され,この夢はようやく実現に向かいつつある。

痛みは末梢から中枢(脊髄と脳)へと伝わる。末梢と脊髄の間の痛みの経路を受け持つのは侵害受容器と呼ばれるニューロン(神経細胞)だ。侵害受容器には2つの枝があり,一方の枝は末梢側へ,もう一方は中枢側の脊髄へと伸びている。末梢側の枝には,極度の高温や低温,物理的な力など組織を傷つける刺激(侵害刺激)に応答する分子がある。侵害刺激が検知されると,神経伝達物質を放出し,脊髄のニューロンにメッセージを伝え,さらに脊髄のニューロンは脳に警告信号を伝えるよう促す。

疼痛治療で特に問題となるのは,いつまでも消えない痛みだ。損傷や炎症がしぶとく続いていることが原因の場合もあれば,ニューロンそのものが損傷された結果として生じる神経傷害性疼痛もある。この種の痛みを放っておくと,刺激に対する感受性が強まり,痛覚過敏やアロディニア(痛みを感じないはずの刺激で痛みが生じる)を引き起こすことがある。さらに,中枢神経系の変化が原因で,痛覚を伝える経路の活動が過剰に高まり,痛みの感受性が強まる場合もある。

新しい鎮痛薬の研究の多くは,痛みのシグナルが発生する末梢に注目したものだ。侵害受容器の末梢側にある侵害刺激を検知する分子は,体内のほかの場所ではほとんど見られない。こうした分子をブロックすれば,他の生理学的プロセスを阻害して副作用を引き起こすことなく,痛みのシグナル伝達を遮断できる。トウガラシの辛み成分やプロトンに反応するカプサイシン受容体,膜電位の変化に応じて開閉するナトリウムチャネルなどがそのターゲットだ。

一方,末梢ではなく,中枢で痛みを和らげる方法も模索されている。よく知られているモルヒネはこのタイプの薬で,脊髄内にある侵害受容器終末部のオピオイド受容体に結合する拮抗薬だ。オピオイド受容体と同様,神経系に広く存在するN型カルシウムチャネルや,カンナビノイド受容体(マリファナの作用を仲介する受容体)に作用する薬の開発が進んでいる。