サルの色覚が教えてくれること

河村正二
200610

日経サイエンス 2006年10月号

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「鳥たちが見る色あざやかな世界」にもにあるとおり,鳥類やトカゲ,多くの魚などは4タイプの視物質を使って世界を4色型色覚で見ている。一方,ほとんどの哺乳類は2種類の視物質しか持っていないが,私たちヒトを含めた霊長類の一部は例外的に3色型色覚をしている。しかし,3色型を再獲得したものの,獲得した赤と緑の視物質には変異が生じやすく,十分な3色型色覚を持たない人もいる。従来,こうした“不利”な形質が淘汰されずに集団内に残るのは,文化・文明を含む人類の生態が淘汰圧を和らげているからだといった理由付けがされてきた。しかし,本当にそうだろうか?

ここでは,まず私たちの研究を中心に,霊長類の中でも「新世界ザル」と呼ばれる仲間の際立ってユニークな色覚を紹介し,そのユニークさが維持されている理由を考察してみたい。そこから,ヒトの色覚についても,改めて振り返ってみることにする。

新世界ザルとはオマキザルなど中南米に生息する霊長類で,鼻孔が側方に向いて鼻全体がつぶれて広がったような印象の顔立ちをしていることから「広鼻猿類」とも呼ばれる。それに対し,鼻の幅の狭いサル,「狭鼻猿類(旧世界霊長類)」にはヒヒ類やニホンザルを含めたマカク類などの「旧世界ザル」とチンパンジーなどの「類人猿」,私たちヒトが含まれる。新世界ザルの祖先は狭鼻猿類の祖先とおよそ4000万年前に分岐したと考えられており,その後,独自の進化を遂げてきた。新世界ザルと狭鼻猿類は高等霊長類あるいは真猿類と総称され,原始的特徴を残す原猿類(キツネザルなど)と区別される。

新世界ザルの大きな特徴の1つに,同じ種でも個体によって色覚が異なるという点が挙げられる。これは眼球の視物質という視覚用光受容物質のうち,長波長タイプ(赤-緑視物質)の遺伝子に多型があるために生じる(それぞれを対立遺伝子と呼ぶ)。多型のよく知られた例は血液型だ。どの対立遺伝子(A,B,O)をどういう組み合わせで持つかによって,その個体の形質が決まり,遺伝的な個体差が生じる。

遺伝子に多型があるせいで色覚に種内多様性があると言われても,ピンとこないかもしれない。しかしこれは,「自分とは違う血液型の人がまわりにいる」のと同じように「自分とは違う色覚を持つ人がまわりにいる」ということだ。

新世界ザルでの色覚の種内多様性がABO式血液型と違うのは,視物質の対立遺伝子がX染色体にあるという点だ。メスはX染色体を2本持つが,オスは1本しか持たない。このため,オスは長波長タイプの視物質を1種類しか持ち得ず,別な染色体にある短波長タイプの青視物質との組み合わせで2色型色覚になる。話を簡単にするために,長波長タイプの視物質遺伝子に赤と緑の2種類があるとしよう。赤と緑のどちらの視物質の持つかによって,オスでは「青,赤」か「青,緑」の2種類の2色型色覚が存在することになる。メスはX染色体を2本持つので,可能な組み合わせは「赤,赤」「緑,緑」「赤,緑」の3通り。これに青の視物質を加えて,2種類の2色型色覚と3色型色覚の合計3タイプが生じる。

実は,X染色体上の対立遺伝子の種類は多くの新世界ザルで3種類であることが報告されており,その場合2色型,3色型ともにそれぞれ3種類ずつ,合計で6種類の異なる色覚型が1つの種に共存することになる。