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2005 年2月時点で,マーズ・エクスプロレーション・ローバー「スピリット」はすでに1年以上もの間,火星のグセフ・クレーター内を調査し続けていた。このクレーターは深さ2kmでコネティカット州ほどの面積(東京都の約7倍)を持つ巨大凹地だ。グランドキャニオンに匹敵する干からびた太古の河川の末端にあるため,何十億年もの昔にグセフ・クレーターが水で満たされていたという証拠を,スピリットが見つけてくれるだろうと私たちローバー探査計画チームは大いに期待していた。しかし,スピリットが着陸したクレーター内の平地には,湖の堆積物も,過去に水が流れていた形跡も見つからなかった。火星から送られてくる写真には土埃や砂,からからに乾燥した火成岩しかなかったのだ。
ところが,スピリットが着地点から2.6kmほど離れたコロンビア丘陵の斜面に着いたとき,すべてが一変した。
スピリットがハズバンド・ヒルの西側斜面を登っているとき,車輪は地面に転がる岩を押しのけ,深い轍(わだち)を作っていた。特に滑りやすい「パソ・ロブレス」と呼ばれる場所に差し掛かったとき,スピリットの車輪は偶然にも風変わりな白っぽい堆積物を掘り起こしていた。それはこれまでグセフ・クレーターでは見られなかったものだった。実は,探査チームがその堆積物に気づいたのは,スピリットがパソ・ロブレスをはるかに通り過ぎてからだったが,スピリットがほじくり出したものに気が付いた途端,急ブレーキをかけて,Uターンさせた。
この白っぽい堆積物を詳しく調べたところ,地表の土埃のすぐ下にあり,鉄とマグネシウムに富んだ水和した硫酸塩鉱物だとわかった。地球では,こうした堆積物は塩水が蒸発した場所か,地表の水が火山ガスと反応する場所で見つかる。そして,このどちらの現象も火星で起こりえただろう。どちらの過程ででき上がったにせよ,この硫酸塩の存在が,グセフ・クレーターにかつて水があふれていたことを物語っている。