“ありえた生物”から生命を探る合成生物学

木賀大介
200707

日経サイエンス 2007年7月号

9ページ
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あの時こうしていれば──。自分の人生を振り返って「if」を考えるのは,ほとんどの場合あまり建設的ではない。だが,歴史上の出来事についてifを思いめぐらすのは楽しく,ここから映画や小説などが生み出されている。だが,歴史のifを考えるのは,自然科学研究にはならない。検証できないからだ。では,生命の歴史,つまり進化に関してifを考えるのはどうだろう?これも考えるだけならば同じだ。だが,最近になって,状況が変わってきた。「合成生物学」という手法の登場によって,進化でのifを実際に検証することが可能になろうとしているのだ。
 
合成生物学では「理論上ありえた生命の形」を実際に創る。そして,その「ありえた形」と「実在の形」を比較する。そうすることで,実在の形についてもさらに深くわかるようになる。
 
生物学にはさまざまな分野があるが,この数十年に大いに成功した“生物学”は,生き物そのものとその中に入っているモノを見ることをベースにした学問だった。そして,その場合の生き物とは,進化という歴史を通して,地球に登場した生き物に限定されていた。
 
それでも地球上の生物はあまりに多様だった。だからこそ,これらの多様な生物に共通する性質は「生命の本質にとって重要」と見なされてきた。例えば, DNA→RNA→タンパク質という流れだ。世代から世代へと受け渡されるDNAという化学物質に記された遺伝情報は,いったん必要箇所をRNAにコピーされた後,タンパク質という機能性分子を作るのに使われる。このDNA→RNA→タンパク質という変換過程は「セントラルドグマ」(直訳すると中心教義)とさえ呼ばれているし,この変換にかかわる暗号表は「普遍遺伝暗号表」と呼ばれている。
 
地球上のすべての生物はこのセントラルドグマに則り,ほとんどの生物は普遍遺伝暗号表を使って,生命活動を行っている。例外がまったくないわけではないが,わずかに部分的な違いがある程度で,根本的には同じだ。しかし,「すべての生物種に共通している」と「生命にとって本質的に重要である」とがイコールとは限らない。セントラルドグマや普遍遺伝暗号表に従わない生命体もありうるのではないか?合成生物学の目的の1つはこの疑問に答えることにある。